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『病気であって病気じゃない』の装幀の話を聞いてほしい。〜パチカ奮闘記〜

「パチカって紙に加熱型押しすると、半透明になって透けるんです」

病気であって病気じゃない』(尾久守侑さん著、通称『病病』)のブックデザインの打ち合わせで鳴田小夜子さんはそう言った。

私「はえ?」

つまりは、こういうことらしい。

パチカという用紙を装幀カバーに使う。このパチカは特殊な性質を持っており、加熱された型押し版で圧力をかけると、その部分が半透明になるという。
すると、表紙に印刷された色や図柄がカバーの上から透けてみえるという寸法である。

ところで本作『病病』は「病気」という実態のない概念をあらゆる角度から考察し、そのうえであやふやなものをあやふやなまま受け入れることを提案する本である。詳しくは本作をぜひ読んでほしい。すみません、もう一度言いますが絶対読んでほしい

閑話休題。

ピッタリじゃん! パチカ、こりゃ『病病』のための紙やんけー、それでいきましょー!!

こうして、パチカをめぐる私たちの物語が始まったのだった……。

【登場人物】
・私(中立):
『病病』の編集者。パチカの魔力に取り憑かれている。
・鳴田さん:
『病病』のブックデザイナー。幅広いジャンルの書籍デザインを手がける。飼い猫がかわいい。
・カワグチさん:
『病病』のイラストレーター。斬新な構図が素敵。オバケがかわいい。
・Sさん:
印刷会社の営業担当。現場の方との調整をしてくれるありがたいお方。たぶん足が速い。
・尾久さん:
『病病』の著者。装幀についてはあたたかく見守ってくれている。超才能。

1.パチカは高い

当たり前です。出版関係者なら冒頭の紙の説明を聞いただけで、全員が察するのではないだろうか。「あ-、これは高いやつだね」

念のため調べてみます。はい。高かったです。すごく高い。通常カバーに使う紙の何倍かくらいはするんだね。
そうかそうかそうだよね、知ってました。うん……どうしよう、あれだ。あれしよう。

そんなわけでこれをああしてそうしたら、なんと会社のオッケーが出てしまった。どうもありがとうございます。

ここはひとつどうでしょう。クリエイター目線で本づくりができる弊社で、みなさん一緒に働きませんか?

2.パチカにあんまり色とか刷ってはいけない

そんなこんなで、パチカの採用に成功した私たち。

肝心のデザインについては、カバーに入れるイラストの一部を加工して透明にしようというプランに。

イラストは、かわいらしくも不思議な構図が魅力的なカワグチタクヤさんにお願いすることができた。カワグチさんがもともと描かれていたオバケのイラストを一目みて気に入ってしまったのだ。
オバケって実態がないし、『病病』のコンセプトにピッタリ。もうこれしかー!
(カワグチさんの作品は下記から)


というわけで、何度かの打ち合わせを経て、カワグチさんにイラストを描いていただき鳴田さんによるデザインラフも順調に完成!


オバケのイラストの黄色の部分を加工することで半透明にするプラン。素晴らしいじゃない。

尾久さん「めちゃくちゃいい感じです!!」

ということで、このラフを印刷会社の営業のSさんにお見せして、現場の方にデザインプランを伝えていただくことに。

と、数日後Sさんから電話があった。

S「パチカって色を刷るとインクが剥がれ落ちゃう可能性があるらしいんですよ」

私「はえ?」

パチカはその特殊さゆえに制限が多く、なかでも刷り色に関する注意事項が多いとのこと。

にしたって、インクが剥がれる? そんなことあるか? まあやってみるしかないじゃない。と実際にパチカを印刷機にかけてみることに。

すると、実際にはインクが剥がれるということはなかった。が、、、、!

3.パチカは紙粉が出やすい

Sさんからの電話。

Sさん「印刷機で刷るとしふんが出てしまって!」
私「しふん……?」
Sさん「かみのこな、です。しふん!」

パチカは大変柔らかい素材のため、本番用の強大な印刷機で刷ると、微量に紙の素材が剥がれてなんかヤバそうな神の粉こと、しふんが付着してしまうらしい。

で、実際に試し刷りした現物をSさんが持ってきてくれた。

白のつぶつぶが紙粉


うーん。

うーーん。


これ出ちゃってるね! しふん!

特に暗い色の場合はかなり目立つ模様。

明るい色であればそんなに目立たない……かも?

これに関してはデザイン面での調整を鳴田さんにしてもらうも、多少なりとも紙粉が出てしまうのはどうしても回避できなさそうである。

実際に本番では、できるだけゆっっっくり印刷することで紙に圧をかかりにくくしたり、印刷機の清掃をかなり頻回にするなど、現場の方には最大限の配慮をしていただいた。

(……のだが、やはり紙粉は出てしまった。これもパチカの味と、大目にみていただけたらさいわいです!)

4.パチカは加工がムズい

さて、いよいよ肝心の「加熱型押し」加工である。これによりオバケのイラストが半透明となるはず!

加工前:イラストの空白の部分を透けさせたい


この型押し加工、今ではふつう自動エンボス機で行われるのだが、パチカはその繊細さゆえに自動では行えず、位置合わせや力加減など手作業で行う必要があるとのこと。

今ではその技術をもつ職人さんは稀有で、手動の機械そのものがあまりなかったりで、このパチカへの加工のハードルが高いのだが、今回はこのためにその職人の方にも参画いただけることに。熱すぎる展開。週刊少年ジャンプかな?

そして、ついに加工のテスト日。ドキドキ。

職人さんの元からSさんが届けてくださったものがこちら!


オバケ(不透明)


Sさん「失敗しました!」

失敗したーーー!!

おいおい、うそでしょ。まったくもって透けてないよパチカくん。話が違います。

何でもこのパチカへの加熱型押しは、通常は「線」に対して行われるもので、このデザインのように広い範囲の「面」に対して行うことは想定外らしい。そうなの。

困りました。もうお手上げか?

と思いきや、、、職人の方はその後もその圧のかけ方などを何度もトライしていただいていたようで、ついにテスト用のパチカがなくなる直前! 用紙の端っこに!

どうぞ刮目あれ。


オバケ(半透明)


透けてるーーー!

完全に透けてます!  もう紙の端も端だけど、確かに透けてますよ、これ。

どうもありがとう、職人のみなさん。。。

とはいえ、これでテスト用に用意したパチカもなくなってしまった模様。

ということで、テストの2回目も続行!
そして……


オバケ(スケスケ)


これです。これがしたかった。ついに来ました。もう言うことねえわ。


本書の発売日も6月28日と決まり、準備万端! いざ本番へ。

5.パチカはとにかくムズい

発売の1週間前。この日いよいよ見本が出来上がる。

Sさんの連絡を待つ私と鳴田さん。ドキドキ。。

ピンポーン! いよいよキターー!!


なんかよれた。

S「失敗しました!」

失敗したーーー!!!(2回目)

なんていうか、その、装幀に失敗とかあるんだね。

今回は加工の圧が強すぎて、カバーがよれてしまった。
なんでも本番ではテスト以上に透明度を攻めた結果、加工したては問題なかったものの、時間が経って紙の熱が冷めるとともに変形してしまった模様。

ムズすぎだろ!パチカ!!

しかし、とはいえこの状態でみなさまにお届けするわけにはいきません。

や、やり直しましょう……!

今回の失敗はよりよいものを攻めた結果です。ベストを尽くしていただいた職人さんにはほんとうに感謝です。
関係者全員がなんとしても成功させたいという気概です。

ただ、これにより発売を数日延期せざるを得ない結果になってしまいました。関係各所のみなさま、本書をお待ちいただいていたみなさま、ほんとうに申し訳ありませんでした。この場を借りてお詫び申し上げます。

6.闘いの果てにーパチカよ、永遠に

実は1回目の本番でも、パチカの性質上、インキの色が全然見本通りにならない問題など様々なトラブルに見舞われつつ、満身創痍で再印刷・加工に挑んだ私たち。


ついに完成。『病病』の装幀……!


パチカ:最終形態

かっけぇ…いかす……!!(涙)

最高だ、これ!!

この本に携わったすべての方々にありがとうを伝えたい……!

さて、そんなわけで、いよいよ『病気であって病気じゃない』が発売しました。

本の内容は、もうそれは間違いなく面白いことは言うまでもありません。そのうえで、ぜひお手にとってパチカを巡る私たちの奮闘記に想いを馳せてください。

それではみなさん、すぐにまた会いましょう。


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最後まで読んでくださった優しい人。
カバー以外のデザインもとても素敵なので、見てやってください。

表紙:すっごく黄色。この色がカバーに透けています
別丁扉:かわいい……
本文(第1部・第2部):理論編パート。
茶系のインキでやさしい雰囲気です
本文(第3部):実践編パート:紙も青色に変わります