ネット配信は総合格闘技の未来か? 業界の重鎮、DEEP佐伯代表に聞く
スポーツはビッグビジネスである。オリンピックは当然のこと、サッカーやアメリカンフットボール、テニス、ボクシングといった人気競技の周辺には放映権や広告料、グッズ販売、チケット販売など、数多のビジネスチャンスが存在する。そして、いまスポーツビジネスの最前線で大きな注目を集めているのが総合格闘技だ。
近代総合格闘技のルーツはブラジルなどで行われていた「目つぶしや噛みつきなどの最低限の攻撃を反則とする以外は、打撃、投げ技、関節技など何でもあり」という過激なルールの他流試合にある。それが1990年代にアメリカに持ち込まれ、UFC(Ultimate Fighting Championship)として競技化されていった。
このUFCはマニアの間でこそ話題にはなったものの、初期においてはボクシングやプロレスのような人気を獲得するには至らなかった。実際、当初の主催団体は経営悪化によりUFCの権利を手放さざるを得なくなるほどビジネスとして苦戦していたようである。
その後、UFCの経営を引き継いだズッファ社は社運を賭けたPR策として“ジ・アルティメット・ファイター”というリアリティーショーの制作に打って出た。番組の内容は有名選手のコーチングのもと新人選手たちを育成し、互いに競わせるというもの。アスリートの成長物語だけでなく、ライバルどうしの嫉妬や嫌がらせなどドロドロとした部分も見せる内容だったが、これがウケて番組はスマッシュヒットとなった。
こうして格闘技の枠を超え、エンタメとしての人気と知名度を得たUFCはマニア層以外のファンをつかみ、一気にメジャースポーツへの座へと駆け上がっていったのである。その後は他団体の買収、オリンピックメダリストや有名プロレスラーの引き抜き、FOXやESPNなどの超大手ネットワークでの配信などといった策を矢継ぎ早に繰り出しファンを拡大。いまやPPV(Pay Per Viewの略。有料放送のこと)の売り上げでボクシングやプロレスを超えることもある一大コンテンツに成長している。
一方、日本にもDEEP(ディープ)、パンクラス、修斗などの歴史ある団体が存在する。2000年前後には格闘技界の黒船と言われたグレイシ一族の来日試合や、それをことごとく返り討ちにした桜庭和志などのスター選手の活躍があり、業界は大いに盛り上がっていた。PRIDE(プライド)やDynamite!(ダイナマイト!)は地上波でも放送され、一時期の総合格闘技は大晦日の恒例行事となり、国民的スポーツとも言える人気を博していたのだ。
ところが、週刊誌がPRIDE主催者の黒い噂を報じたことで、地上波での放送が打ち切られ、2007年にはPRIDEそのものが消滅してしまった。これで流れが変わり、日本の格闘技界は長い冬の時代を迎えることになる。
時を経て2015年からはPRIDEの主催者を中心とするメンバーがコンプライアンス対応を強化した形で新団体RIZINを旗揚げし、他団体との友好関係も築きつつ、日本の総合格闘技の再興が図られている。こうした努力が実り、2020年現在では地上波での放送も再び行われるようになり、新世代の選手たちはリング上だけでなくYouTubeなどでもファンを魅了する活躍をみせている。こうして、日本の総合格闘技は復活を遂げたかに見えた。
しかし、そこに来てのコロナ禍である。大勢の人が集まる大会を開くことが難しくなり、チケット収入という売り上げの柱を奪われた格闘技は新たな試練に直面している。そんな今、日本の総合格闘技界はどこに向かうのか? 今回は黎明期から総合格闘技の発展を担ってきた団体DEEP(ディープ)の佐伯繁(さえき しげる)代表に格闘技が抱える課題と展望、そしてオンライン配信の可能性などを聞いた。
日米における収益構造の違い
「Withコロナ」時代の新しい格闘技のあり方をつくるため日々奔走する佐伯氏は多忙を極める。インタビュー当日、息を切らせながらビデオ通話に現れた同氏に、まずは総合格闘技業界の現状について、ビジネス的な側面からレクチャーしていただくことにした。
佐伯氏は、最初に知っておくべきはアメリカではPPVを使って好きな番組を買うという下地があるため、来場者のチケット収益だけに頼らない構造が確立されていることだと言う。
「日本だと強いPPVはスカパー!くらいなもんで、それすら馴染みがある人は多くないでしょ? でも、アメリカじゃまったく状況が違うんです。だから、総合格闘技も含め、スポーツ試合があるとPPVで莫大な金額が動く。一方で、日本は地上波のテレビの影響力が強くておもしろい番組もたくさんあったから『お金を出して番組を買う』というスタイルが根付かなかった。インターネット配信で流れが変わるかな、という期待もあったけどAbema TVとかは無料でほとんど見られちゃう。ほぼ地上波のテレビと変わらないよね。PPVに関してはPRIDEのころからトライしているし、RIZINでもやっているけど、まだまだ。アメリカとは比べ物にならないほど規模は小さいですよ」(佐伯氏)
このように、収益構造において日米の総合格闘技界には大きな違いがある。そのため、UFCはコロナ禍においても好調を維持しているようだ。2020年10月下旬には、出場選手とスタッフを引き連れてアブダビの会場を貸し切っての無観客試合を敢行。無敗のロシア人王者ハビブ・ヌルマゴメドフとアメリカ人のスター選手ジャスティン・ゲイチーの対決は世界中の注目を集めた。
一方、PPVの収益が少なく、チケットとグッズの販売による収益の比率が大きい日本の団体にとってコロナ禍はより厳しい試練となっている。「コロナに負けないためには、これを逆にチャンスととらえて、新しいことをやらなければならない」と言う佐伯氏に、SPWNを利用した有料オンライン配信を始めた経緯を聞いた。
「YouTubeの動画配信はかなり前からやっていたんだけど、コロナの影響が出始めてからもっといろいろやらないといけないとなって……。他団体を含めいろいろな人に相談する中で『日本の会社が提供するSPWN(スポーン)という映像配信プラットフォームがある』という話を耳にしました。それで、こういう状況でしょ? だから、とにかくまずやってみようと決めた。それが7月の頭で、最初の配信が7月23日だね。こちらで用意したのはカメラマンやスイッチャー、テロップ係なんかで、全部で10人くらい。SPWNさんからは3名くらい出してもらって、13、4人のチームで配信している」
配信を実施してわかった課題と手応え
非常にスピーディーにSPWNの導入・展開が進んだということだが、7月以降も1ヶ月に1大会ほどのペースで配信をしているそうだ。佐伯氏は「1つ大会が終わってホッとすると、またすぐ次が来ちゃう。事前番組とか、告知とかもっとやりたいことがあるけれど、追いついていないね」と苦労を明かした。
こうした課題はありつつも、SPWNでの配信は選手が所属するジムやファンからの評判が良いという。コロナ禍のということもあり有料配信への理解も得られやすく、来場者数の制限のため会場に来られなかった関係者からは「地元のジムからSPWNで見たよ」という声が寄せられることもある。そういった意味で、業界内にはスムーズに浸透したという手応えを感じているそうだ。
一般ユーザーの視聴に関しては、ライトユーザーの取り込みに苦労してはいるものの、コアなファンは有料配信にも抵抗なく移行しているという。佐伯氏は「ライトなファンに見てもらうのは前から難しかったけど、有料配信となるとさらにハードルが上がるね。地上波でチャンネル回したらやっているから見るという状況とは全く違う。でも、マニア層の評判は良いよ。有料でもしっかりしたコンテンツを見たいというコアなニーズにはマッチしているんじゃないかな」と語る。
加えて、佐伯氏はDEEP JWELS(ディープ ジュエルズ)という女性選手のみの大会を年間4〜5回開催している点がDEEPの強みになっていると語る。UFCなどでも女性選手は活躍しているが、あくまでも男性選手が多数の大会の中で少し女性選手の試合が行われているだけにすぎない。一方、DEEP JWELSは全試合女性選手だけの大会を定期的に開催していることが特徴で、浅倉カンナ、浜崎朱加、ハムソヒなどのスター選手を生み出したことでも知られている。これがコアなファンの視聴につながっているそうだ。
また、SPWNでは試合を配信する画面と同一ページ上でTシャツがグローブなどのグッズを購入したり、選手にギフトを送って応援したりするいわゆる“投げ銭”の仕組みも取り入れられている。
最後に、佐伯氏にこれからの展望について聞いた。
「まだ有料配信を始めて3ヶ月くらいだから試行錯誤の時期。でも、やるリスクよりやらないリスクのほうが大きいと思って頑張っています。とにかく会員になってもらうことが大事な第一歩。そこにつながるオリジナル番組の配信などにも取り組んでいきたい」(佐伯氏)
会場での観戦、テレビでの視聴に次ぐ第3の楽しみ方として、有料配信は日本に根付くのか? 総合格闘技は業界の未来を賭けた戦いの真っ只中にある。
今回の取材先
DEEP事務局 佐伯繁代表:総合格闘技イベント「DEEP(ディープ)」を2001年に名古屋で旗揚げ、その後PRIDE武士道、DREAMなどの他団体にもマッチメイクやPRで関わる。2013年には女子総合格闘技「DEEP JEWELS(ディープ ジュエルズ)』を立ち上げ、格闘技界における女性の活躍を後押ししている。その他、経営者、パチプロ、フォトグラファー、ドキュメンタリー映画監督、など多彩な経歴をもつ。自らリングに上がるほどのプロレス好きでもある。
総合格闘技イベントDEEP2001オフィシャルサイト
http://www.deep2001.com/
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