ユニコーンという奇跡のオッサンたちとのすばらしい日々(後編)。
【前回までのあらすじ】
ユニコーン熱が発火と消火を繰り返している。
ユニコーン再始動から10年経った、2019年2月。
ある夜。
いつものようにゲーム三昧な私。ちなみにプレイしていたのは無双OROCHI3。
既にシナリオを全クリアし、あとはやり込むだけだとコントローラー片手に戦場を渡り歩く日々。
次はどのステージへ行こうかと、休憩がてら何気なくコントローラーを置いた瞬間。
私の中で何かが叫んだ。
今!
無性に!
ユニコーンが!
聴きたくなった!
これを無視したら一生後悔するかもしれない、
いや絶対後悔する。
直感したのち、部屋の片隅で10年近く眠っていたユニコーンのCDやDVDをひっぱり出し、まずは『ペケペケ』のMVに目を通し、懐かしさに浸りつつ次に『WAO!』のMVを再生した。
見ているうちに涙があふれて止まらなかった。
どうして、この人たちを忘れていたんだ。
どうして、この人たちを好きだったことを忘れていたんだ。
失った10年は絶望するほど大きいけど、ここからまた好きになろう、そう決めた。
それから調べて知ったのは。
2009年以降、ユニコーンはバンドと各自のソロを繰り返しながら、現在も活動していること、
川西さんが2015年にラクナ梗塞を発症して一時休養したけど、今は元気だということ。
その川西さんとテッシー、それからEBIさんの3人で「電大」を結成していること、
2019年は「ユニコーン100周年」と称してツアーを行う予定であること、
ツアー日程の中には地元も入っていること、
そして、阿部Bが「ABEDON」に改名していたこと。
そこからの行動は迅速でした。
まずはFCに入会し、一般発売で地元公演のチケットを入手。
2009年以降にリリースされたCDやDVDを買い集め、やって来た2019年6月2日。
ユニコーンを好きになって約30年、初めてライブに行く。
2階の後ろの方だったけど、時が経つのも忘れるくらいあっという間で、『SAMURAI 5』のサビに合わせて、旗がキラキラと輝きつつ揺れるさまはあまりにも感動的で、帰宅後すぐにツアー後半戦のFC先行に申し込んだことは、もはや言うまでもなく(後半戦の中野行った)。
その直後に起きたコロナ禍で、予定されていたライブはことごとく中止となり、彼らに会いに行くことは難しくなりましたが、その間もユニユニやユニタビレなどで楽しませてくれたことには、感謝の念しかありません。
それから少しずつ有観客ライブが解禁され、規制はありながらもツアーが始まり、そして2022年10月20日と21日。
遠い昔、ユニコーンが解散して落ち込んでいる私へ。
16年かかるけど、ユニコーンは再び全員集まってわちゃわちゃ楽しくやってるし、デビュー35周年とその前日、川西さんのバースデーライブは現地(呉)で観てるよ。
なんなら前の年には、ユニコーンに会うために山形まで行ってるよ。
ポルノグラフィティと同じくらいユニコーンも大好きなこと、2009年に思い出したらそれを絶対に忘れないで。
そうしたら私の人生、もうちょっと楽しくなるよ。
どれだけ齢を重ねても足を止めることをやめず、
見た者を我が道に引きずり込んで離さない、
粋も甘いも知り尽くした、
才能と個性あふれる5人の異才。
愛すべき奇跡のオッサンたち。
本日、10月21日。
ユニコーンデビュー37周年おめでとうございます。
ひとつだけわがままが許されるのなら。
もう二度とバラバラにならないでください。
ところで。
件の川西さんバースデーと35周年ライブ会場で直筆サイン入りポーチが当たったこと、これは奇跡の出来事だったと今でも思ってる。
最期は棺に入れてください。