2023年3月30日           衆議院憲法審査会発言原稿

 本院において初代憲法調査会長を務めて以来、長きにわたって憲法議論の中心を担われた中山太郎先生がご逝去されました。哀悼、痛惜の念に堪えません。
 私は、中山調査会長、調査特別委員長の下で、会長代理、野党筆頭理事を務めました。熱心に海外調査が行われた時代で、毎年のように1週間を超える海外調査にご一緒するなど、院外も含め党派を超えて暖かいご指導をいただきました。
 中山先生が中心を担われていた時代は、意見の違いはあっても、建設的な議論が進められました。調査会の最終報告書は、全会一致にこそならなかったものの、その文言の一つひとつを、議決には反対した会派も含めてすべての会派で丁寧に協議し、客観的で中立的な報告書として取りまとめることができました。だからこそ、その報告書に基づいて、難しいとされてきた特別委員会の設置と国民投票法制定に向けた議論を、スムースに進めることができたのです。私は、あの当時、このままの議論を進めていけば、10年程度のうちに初めての憲法改正国民投票に至るのではないかと、ある意味で期待していました。
 残念ながら、2007年、国民投票法採決に至る経緯で、中山会長が10年近く積み重ねてこられた合意形成の努力が壊れされ、いわゆる強行採決となりました。中山委員長を先頭とした委員会の現場とは別のところで、当時の官邸をはじめとする与野党の政治的駆け引きに巻き込まれてしまったものです。
 私は、一日も早く、国民投票法採決の傷をいやし、中山方式とも呼ばれた建設的な議論が回復することを望んできました。しかし、残念ながら今日に至るまで、むしろ、強引かつ独善的な議論と運営が拡大し、合意形成の機運がますます乏しくなっていると言わざるを得ません。
 中山方式とは、ただ形式的に、あるいは国会対策的に野党を巻き込んだものではありません。そのような考えでは、憲法について、良い方向に変わるなら変えるべきという立場の私はともかく、現行憲法は変えるべきでないという立場が明確な政党を含めて、すべての政党の担当者が中山会長を信頼し、立場を超えて建設的に議論するなどという状況はつくれるはずがありません。
中山先生には、憲法と立憲主義に対する謙虚で深い認識がありました。憲法は、与野党などの政治的立場を超えて権力を拘束するものであり、主要政党間の対立点にしてはならないということです。どの勢力が多数派となろうと、従うべき規範が憲法である以上、違いを強調するのではなく、一致点を探して、その一致点から議論を進めるという認識が共有されていました。
憲法制定権力である主権者、国民に対する謙虚な姿勢でも一致していました。衆参両院で3分の2を構成できたとしても、そこに至る経緯で国民を巻き込んだ十分な合意形成がなされていなければ、国民投票で否決される恐れがある。このことを、中山先生は十分すぎるくらいご理解されていました。そして、特に初めての国民投票で否決される事態となれば、憲法をめぐる議論がさらに混乱し、我が国の民主主義に救いがたい傷となることを恐れていました。
このような、中山先生のご見識と、困難な時期に外務大臣を経験されるなど幅広いご経験に基づいたふところ深いお人柄があったからこそ、建設的な議論が進んだのです。私にとっても、中山先生にご指導、ご厚情を賜ったことで、党派、意見の違いを超えた得難い貴重なものを、いくつも学ばせていただくことができました。ご逝去の報に接し、この場を借りて改めて敬意を表しますとともに、心から御礼を申し上げます。
昨今の憲法審査会の状況を見るに、中山先生の時期には遠く及ばないにしても、あの当時とは似ても似つかぬ状況で、私個人としては、建設的な合意形成について悲観的を超えて絶望しています。真摯に憲法を考えられるなら、中山先生の爪の垢でも煎じて飲まれたら良いのではないでしょうか。
その上で、今後の議論に向けて、中山先生に学んで具体的に一点だけ提起いたします。
各党各会派が、それぞれの改憲案を提起し主張をぶつけ合うというのは、真に国民を巻き込んだ幅広い合意形成をする上で、超え難い障害になるということです。
もちろん、民主政治の基本は、各党派間で主張をぶつけ合い、競い合うことにあります。
しかし、選挙などで競い合うことが避け得ない中、合意形成が重要なはずの憲法において、そして、憲法が重要であればあるほど、一つの政治勢力が自分たちの主張を強く示せば、他の政治勢力との妥協が困難になります。どの党の提案が出発点になり、どの党の主張で修正されたなどという国会対策的プロセスが注目されれば、真の合意形成に向けた超え難い障害となります。
だから、どこかの党派の案をベースに議論するのではなく、議論の方向性を一致できそうなテーマは何なのかという点から、すべての会派間で真摯に議論し、その合意に基づいて、会派間で段階的に方向性を確認しながら順次具体化していく。条文案などというものは、このようなプロセスで内容的な合意形成がなされた上で初めて、審査会全体で作業すべきもの。これが、憲法調査会から調査特別委員会に至る中で、中山会長を中心に考えられていた合意形成プロセスです。
議論を進めることについて一致できそうなテーマは何か、そして方向性について合意できそうなテーマは何か、このことはすでに示されています。それは、中山調査会の調査報告書です。あらゆる論点について、思い付きのような議論ではなく、幅広い各国の状況や歴史的経緯なども含めて調査し議論した上でまとめられた、充実した内容である上に、その時点における合意形成の見通しについても示されています。繰り返しますが、この報告書は、議決に賛成した会派にとどまらず、議決には反対した会派の代表も含めて文言を整理しており、その記載事項については全会派で事実上一致していたと言えます。
報告書から20年近くが経過して、本院を構成する党派にも変化があり、議員の構成も変わりました。憲法についての新たな議論もあります。そのままですべて通用するというつもりはありません。しかし、幅広い真の合意形成に向けて建設的な議論を進めるのであれば、少なくともそのスタートラインとなることは間違いありません。
この機会に、中山先生の最大のご業績の一つとも言える衆議院憲法調査会の報告書を、すべての皆さんに再度熟読いただき、ここをスタートラインに、合意形成可能な論点と方向性はどこにあるのか、もう一度考えていただくことを強く望んで発言といたします。

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