はじまり、はじまり 2

人間って、どうして笑ってしまうんだろうね。
思えば、とんでもないつまづき方をして空中にスーパーマンのように飛び、顔面から地面に着地した時も、私はニヤけていた気がする。傍から見れば、あの人あんな状況なのに笑ってるわ、と思われるに違いないのだが、人間おかしいもので、驚く顔がだんだんと笑顔に切り替えられていってしまうようだ。だから、分かって欲しい。
今、私は驚いているのだ。

驚く笑顔の内側で、頭の中のメモリーが逆再生をし始める。
誰かが止めなければ何も無くなってしまう速度で、確かにあったあの日を探そうとしている。
あれは単なる妄想で、あれはきっとどこかで見た映画で、あれは自分の記憶違いで、気まぐれで。
時間が経つほど、いつの間にか事実を書き換えていく自分が怖くなり、手が震えた。
そういえば、あの日も私たちは一緒だった。
そして、私たちの瞳に映った光景は、思えば、はじまりだった。

1、はじまりだった日
「夏休みの日記って、天気忘れるよね。」
「私、天気操ってるから。」
なんてことを話していた気がする。
あの日、私たちは小学生だった。
当時の私は、夜にテレビで見た映画に感化され、菜箸を一本だけ握り、狂ったように魔法の言葉を親に向かって唱えていた。ちなみに映画の中で言っている言葉があまり聞き取れなったので魔法の言葉は全て「ペペロンチーノ」だった。娘が真顔で食べ物の名前を大声で何度も叫ぶという状況を両親は楽しんでいたらしいが、家の中だけでその言葉を唱えていたわけではないので、訂正していただきたかったと切に願う。ペペロンチーノ。

私たちはあの日、雪の家でお泊り会を開いていた。雪という人物は今日私を追ってきてくれた、腹減り女子のことである。雪は夏生まれなのに雪という名をつけられているが、あまり気にしていない。雪の家では風呂上りに炭酸を飲むのが恒例らしく、3人横一列に並び、腰に片手を当てながら窓の外を眺め、ゴクゴク、ぷはーっと炭酸でのどを潤していた。雪曰く、「炭酸は缶の方が炭酸が強いと思うんだよ、陽ちゃん。」らしい。真相は知らないけれど、耳元でささやいてくれたので信じることにした。
そして、なんやかんやあって、数時間後、私たちは眠りについた・・・。
なんて、そんなわけないのが、女子である。
女子のガールズトークというのは、誰かに猛烈な眠気が襲来しない限り、アドレナリンが出続ける限り、トークは布団の上で限りなく繰り広げられる。ただし、話している事と言えば、
「夏休みってさ、なんでこんなに暑いの?」
「日焼けが痛い」「ゴーグルの締め付けで跡がつく」
「プールのビート版を水面に縦に沈ませるとロケットみたいに飛び出すよ」
というように、ガールズ限定が話すような事じゃない話題ばかりだった。だが、そんな話でも時間は進み、身長を伸ばしたい子は寝るんだろうなと思う時間を優に越し、時刻はあと少しで12時をまわりそうだった、その時、

「カランっ」

外から何か硬い物どうしがぶつかったような音がした。私はその音の出所を確かめるために部屋の電気を暗くして、そっとカーテンを開き、外を見た。そこからは月の光に照らされる遊具が見える。泊まった部屋は2階だったので、黒一色の世界に瞬く星と共に近くの公園が良く見えるのだ。すると、ブランコの近くに黒いトレンチコートを着た人が立っているのが目に入った。あの音は、あの人が立ち上がった時に鳴ったらしい。
「あの人、暑そうだね。寒がりなのかな?」
カーテンの端から、回転しながらハルが隣にやってきて言う。
「夏なのに、コートって怪しいね。」
カーテンの下から突き出るように雪が出てきて言う。
「あのさ、普通にカーテン開いてこっちに来いよ。狭いんだけど。」
窓際は3人でぎゅうぎゅうである。人口密度最高。
「あの人、何か持ってるよ・・。時計?昔の手に持つやつかな?」
「ハル、お前、よくここから見えるなぁ。スーパーアイかよ。って、なんで双眼鏡持ってるんだよ。」
「ん?泊りに必要でしょ、これ。」
「いや、そんなもの必要ないだろ。」
「ハルちゃん、冒険する人みたいだね。」
「泊りは、冒険なのよ。他人の家のね。」
「おい、笑顔で言うな。他人の家を探るのはやめろよ、ハル。雪にだって知られたくないことだってあるだろ。あの銀色のケースの事とか。」
「まぁ、そうだねぇ。私にだって知られたくないこと・・・って、陽ちゃんなんでそのこと知ってるの?ねぇ、まさか中見たのぉ?!」
「見たんじゃなくて、見えたんだよ。『好きということ』っていうポエムがチラッとな。」
「チラッとな、じゃないよ!見てるじゃん!ちゃんと見ちゃってるじゃん!」
「ねぇ、2人ともうるさいよぉ・・。あっ!あの人動いたよ!」
黒トレンチコートを着た人が歩き始める。左手に持った時計らしきものを見ながら、位置を確認しているようだった。月のある方向を見たり、手許を見たりを繰り返している。
「なんか集合写真撮るのに動いてる人みたい。もうちょい右でーす。左でーす。」
急にハルがその人の動きに合わせてアテレコをし始めた。
「あーい、そのままこっち見ててくださいね。そしたら、私の右手に注目してくださーい。今手を挙げてる方見てねー。」
その人は右手を宙に掲げる。
月の光と公園の灯りが右手を照らし地に影をつくる。少しぼやけた影だった。でも、そのぼやけた影すら、次の瞬間見えなくなる事を私たちは知る由もなかった。
その人の口が動き、手に持つ時計が閉じられる。
まるで、何かの終わりを告げるように。
次の瞬間、月はその人を照らしていた事を忘れてしまったようだった。
あの人は、私たちの瞳の前から忽然と姿を消したのだ。今日と同じように。


陽: 「ペペロンチーノ―ォーッ!」
ハル:「きっ、消えたぁぁぁぁっ!」
雪: 「んがぁぁぁぁっ!」(同時に)


「・・・。えっ、なにそれ陽ちゃん。」
「あっ、すまん。気持ちが高ぶってつい、ペペロンチーノが滑って口から出ちまった。すまん。」
「いや、いいんだけど・・。なんか、それ違う意味になるような気がする・・。」
「まぁ、深く考えるな。けど、お前も『んがぁぁ』って、どんな気持ちで言ったんだよ。」
「いや、気持ちも意味もないよ。ただ声出ちゃっただけだし。」
「まぁ、あんなの見たら声出さずにはいられないよな。ハルだって、声出してたし。なぁ、ハル。・・・・。ハル?」
消えたぁぁぁぁっ!と現状を的確に唯一発言したはずのハルが隣にいない。カーテンを開き、後ろを振り向くがその姿はない。と、その瞬間、下の階から「ガチャっ」という音が聞こえた。

「あっ!ハルちゃん!」

窓を背にしていた私は、すぐ窓際で外を指さしながら叫ぶ雪に目を移す。
「ねぇ!ハルちゃんが、走ってる!」
「はぁっ?!」
窓枠を両手でぎゅっと握りながら、体を前にして、外を見る。すると、全速力で公園へと走るハルが見えた。首には双眼鏡をぶら下げているが、振動で何度も体に当たっている。あれは絶対に痛い。
「ね!多分だけど、ハルちゃん、見に行ったんだよ!私たちも行こう!!」
「あぁ。てか、あいつ、動き速すぎだろ。さっき叫んだばっかりなのに。」
「そんなこと言ってないで、早く行こ!!」
階段を駆け下り、外へ出る。今から考えれば、深夜に子供が外へ駆け出す状況はおかしいものだろうなと思う。あと、あんなにバタバタしていたのに、雪の親に何も言われなかったのだが、あれはガールズトークが盛り上がっていると思われていたのだろうか・・。今も疑問である。
 私たちは、ハルを追い、誰かが消えた公園へと走った。好奇心と恐怖と興味と様々な感情が心の中で混ざり合う。走りながら、今見た光景がこの前見た映画と似ている事を思い出し、魔法のせいかもしれないとも思った。
公園へ着くと、ハルは何か探しているようだった。ブランコの後ろにある茂みの中に手を突っ込みゴソゴソなにかやっている。
「ハルちゃん、何してるの?」
「あの人、消える時、何か落としたの!それ探してる!」
ハルは首に下げていた双眼鏡を背中に回して必死に探しているが、背中に回したはずの双眼鏡が再び前に回るたび、彼女は「うぅぅん!」と怒り、また背中に回していた。それ、置いてくればよかったのにと当時の私は思っていたが、口には出さなかった。
「あっ、これかも!」
ハルが茂みの中から手を引くと、その手には小さな分厚い手帳が握られていた。手帳の表紙には鍵穴のマークが描かれている。ハルが言うには、コートのポッケから落ちたものらしい。
「中に何書いてあるんだろ・・・、見てみようよ。ハルちゃん。」
「うん。そうだね・・・。」
手帳に付いた砂を払った後、ハルが、表紙をめくろうと指をかける。

それがスイッチだったのだろうか。

表紙に描かれていた鍵穴が一瞬消えて、カチッと音を鳴らす。
その後何も無かったかのように鍵穴の絵が浮かび上がった。
それを見たハルの手から手帳が離れ、地面へと落ち、鈍い音が鳴る。

「・・・・。いまの見た?」
私と雪は何も言わず頷く。見てた。がっつり見てた。
恐る恐るハルがまた手帳を地面から拾い上げ、手帳のページをめくろうとする。が、なぜかハルが首を傾げ始めた。
「ん?どうしたハル?なんかあったか?」
「えーとねぇ・・。ん?どうしてかな?むぅぅぅっ!」
「えっ!!ハルちゃんどうしたの!お腹痛いの?!」
「むうぅぅっ!はぁっ・・・・・。いや、お腹は痛くないんだけど、開かないの。」
「はぁ?そんなわけないだろ。それ貸して。むごっぉぉぉっっ!はぁ・・っ、開けねぇ!」
「ねぇ、私にも貸して!」
「2人開けようとして、無理だったんだから開くわけねぇだろ。」
「わかんないじゃん!開くかもしれないじゃん!2人触ったのに自分だけ触ってないのは嫌だ!」
雪に手帳が渡る。
「むぉぉぉぉぉっ、ごぉぉぉぉっ、だぁぁぁぁぁっ・・・!」
雪の顔がみるみる赤くなっていく。これまで見たことのない険しい顔つきをしながら、力んでいる。しかも足がだんだんクロスして回転している。なんていう力の込め方なんだ。
「はぁっ・・・・。力及ばず・・、無念っ!!!んがぁっ。」
と言いながら、雪が膝から崩れ落ちた。結局、誰一人として手帳を開けられなかった。
「私がノート開いて皆に褒められる展開になると思ってたのに・・。」
「雪ちゃん、ドンマイ。すごい顔してたよ。でも途中で真顔になってたから、これ続けたら雪ちゃん意識飛ぶなって確信しながら見てたけど。」
「うん。あと10秒闘ってたら、確実にやばかった。目の前暗くなるとこだった。あぶない。あぶない。・・・。ねぇ、陽ちゃんなんで笑ってるのさ。」
「意地だったもんな。雪。変な顔してたぞ。ふっ。あんなに力込めてたのに開かないって、やべぇな。ふっ。」
「笑うならちゃんと笑ってよ。ニヤニヤしながらしゃべってるから気持ち悪いよ。ふっって鼻息すごいよ陽ちゃん。」
「仕方ないだろ、そういう笑い方しかできないんだから。てかどうすんだよこれ。」
「んー、どうしようか・・・。」


≪   回想一時中断    ≫


「ん?なんで回想するのやめたの?」
「いやぁ・・。この先覚えてないんだよなぁ。」
「えっ、全部語りそうな勢いだったじゃん、陽ちゃん。」
「雪、ここまで振り返れたことを褒めてくれよ。脳がパンパンだよ。もう何考えても絞りだせねぇ。あとは二人に任せる。」
「そんな急にバトンタッチされても、私もあんまり覚えてないしなぁ・・・。」

「私、覚えてるよ。この後、手帳どうしたか。」

「・・・。ハル、この後の事言えるんなら、これまでの事も言えただろ。」
「うん。でも、陽ちゃん話したそうだったし、だったら話させてあげた方が良いかなって思って黙ってたけど、いいの?」
「・・・。なんだか上から言われてる気がするけど、まぁいいや、次まかせた。ハル、頼むぞ。」
「はい、任されましたぁっ。ってことで、続きを話そうと思います。が、みなさん、聞く方も疲れたので、明日にしましょー!」
「・・・。えっ、本当に?この話、持ち越すの?持ち越していい話なの?」
「大丈夫だよぉ。寝ても忘れないよ、多分。」
「ハルちゃん、のんきだね。その、のんきさを信じていいんだか・・。」
「信じて大丈夫!忘れない自信あるし、ねっ、雪ちゃん!」
「うっ、ぅぅん。分かった・・。」
「ってことで、手帳は雪ちゃんが持ってるって話を明日しましょー!」
「・・・!!えぇぇぇっっ!私っ!!!!!」
「うん、雪ちゃんだよ。でも、明日それ話すからね。」
「えっ、それはちょっと困るっていうか、私覚えてないってぇ!」
「まぁまぁ、落ち着いて、また今度ってことで。明日思い出すかもしれないじゃん!さぁさぁ、ちょっと休憩!」

ということで、この話は一度持ち越す事になったのだが・・・。
手帳の行方はどこやら…。
ちなみに私、陽は、大体検討がついているが、それが確かかどうかは、明日になれば分かるはずだ。

#小説 #SF #時間

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