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「鴛鴦襖恋睦 おしどり/毛抜/極付 番隨長兵衛」

2024年5月15日 歌舞伎座にて
團菊祭五月大歌舞伎 昼の部


おしどり

まず、「鴛鴦襖恋睦おしのふすまこいのむつごと
から始まる昼の部です。
通称は“おしどり”。

楽しみにしていた尾上右近さんが
想像以上に素敵で引き込まれてしまいました。
上背もあって、力強い印象の右近さんですが、
女形としても見栄えのする美しさで驚きです。
遊女 喜瀬川の時も、後半の妻おしどりの時も、
あでやかで雰囲気たっぷりでした。

“おしどり”は二幕で構成される歌舞伎舞踊で、
上演も珍しいもののようです。

一幕目は相撲場面が描かれますが、
歌舞伎舞踊で相撲を表現するとこんな感じなのかと面白かった。

源氏方武将 河津は尾上松也さん、
平氏方武将 股野は中村萬太郎さんが演じています。

二人は恋のさや当てとして相撲で勝負を決めようとします。
二人の想い人は遊女 喜瀬川。
その彼女が二人の相撲の行司役となるのですが、
実のところ喜瀬川は河津LOVEなので、
何かにつけ股野に対する態度が冷たい。

そんな彼女の時々見せるすげない態度に
ドン引きしている股野が可笑しく、
それでも心に一物ある敵役で、
小ぶりながらもキリリとした隈取の赤っ面 中村萬太郎さん、
良かったです。

後半、おしどり夫婦の精となって現れる、
右近さんと松也さん。
股野のために小刀で夫おしどりを殺され、
この世の縁を引き裂かれて悲しみの二羽が
股野に恨みを訴える踊りとなります。

おしどりの二人がサッと衣装を早変わりさせる場面、
“ぶっかえり”という演出が見られました。
しつけの糸を引くと、
外側に着ていた衣装がハラリと落ちて、
下半身を覆うように垂れ下がると、
そこに目にも鮮やかなおしどりの衣装が現れる、
その見事さに感激しました。
登場人物三人のバランスが良くて、
小気味の良い印象の演目でした。

毛抜

奇想天外のストーリーです。
「毛抜」や「鳴神なるかみ」については
学生時代に愛聴していた映画評論家の淀川長治さんの
ラジオ放送でお話を聞いていて、
その時歌舞伎って面白いものなんだな…と、
見たことのない歌舞伎に思いを馳せた記憶があります。

『若い人は歌舞伎を観なさい』と
常におっしゃっていた淀川さんからの教えがあったからこそ、
私は歌舞伎を好きで観るようになったのだと思います。

ですので「毛抜」は思い入れがある作品。
そして今回は四世市川左團次さんの一周忌で
追善のための演目でもあります。

市川男寅さん・市川男女蔵さん 遺影は左團次さん

去年の2023年の四月に82歳でご病気のため
ご逝去された四世市川左團次さん、
私はまだまだ新参者なので
四世市川左團次さんの舞台は拝見できませんでしたけれども、
テレビなどで見聞きしていてお姿は知っています。

そんな彼の当たり役 粂寺弾正くめでらだんじょう
息子さんである市川男女蔵いちかわおめぞうさん(56歳)が演じます。錦の前というお姫様を演ずるのは
お孫さんの市川男寅いちかわおとらさん(28歳)。

それぞれが先代からくみ取った思いを心に秘めて
舞台に立っていらっしゃったのではないでしょうか。

團菊祭だんきくさいの両家より、
七世尾上菊五郎さん(81歳)と
十三世市川團十郎さん(46歳)がそれぞれ、
小野春道役と後見役でお姿を現わしていたのも
追善にふさわしい趣向でした。

お話は、お姫様の奇病というのがあって、
それは薄布で抑えていないと髪の毛が
天井に向かって総逆立ちしてしまうというもの。

こんな有り様では恥ずかしいと、
婚約者の文屋豊秀ぶんやとよひでへの
輿入れが延期されている状態です。

心配した豊秀が使者によこしたのが
主人公の粂寺弾正くめでらだんじょう
この人がとても面白いキャラクターで、
ガッシリとした武士らしいいで立ちながら、
暇を見ると若い男でも女でも口説いて回り、
振られっぱなしの照れ笑い。

さては、いい加減な奴かと思いきや、
実はなかなかの切れ者で、
この館に渦巻く陰謀をことごとく解決し、
騒動を丸く収めてさわやかに去っていくヒーローなのでした。

陰謀とはよくあるところの御家乗っ取りで
首謀者は家老 八剣玄蕃やつるぎげんば
御家の宝 小野小町の“ことわりやの短冊”
(雨乞いの効力があるとされている)を盗み、
お姫様を奇病に仕立てて婚礼も妨害している。

さて、弾正が広間で毛抜きで髭を抜いていると、
あれ不思議、毛抜きが立ち上がり踊りだします。
比べて煙管を取り出すとそれには変化なし…ということで
天井裏に潜む隠密の磁石による画策と見破るのでした。
(お姫様の髪には金属製の髪飾りが施されていたため、
磁石に吸い寄せられて髪ごと持ち上げられていた)

それにしてもここに出てくる毛抜が大きい!
これには淀川さんも笑っていたっけなぁ。
最後、悪役 玄蕃は弾正に刀で一刀両断、
アッという間に首だけとなって館の主の広間に転がります。

気味悪い展開なのだけど、
あまりのことにおかしみの方が勝ってましたね。

“ことわりやの短冊”も取り戻します。
家宝が刀だったり、短冊だったりで、
それがために家が断絶したり、命のやり取りがあったりと、
このような歌舞伎の筋立てにもだいぶ慣れてきましたけど、
現在の価値観とはだいぶ違います。

ちなみにこの短冊の句は
ことわりや 日の本ならば照りもせめ
さりとてはまた天が下とは”というのだそうで、
この国は日の本なので日が照るのももっともだけど、
天(雨)が下ともいうのだから降ってもいいんでしょうに…
という意味だそうです。

実はこの筋立ては「鳴神」に続いていくのですが、
雨乞いの効力はあまりなかったようです、と余談はここまで。

四世市川左團次さんは、御自分のことを
のんきで破天荒であると自負なさっていたそうで、
そういうお人柄を聞くにつけても、
弾正の人となりと重なるようで、
当たり役であったのもうなずけます。
男女蔵おめぞうさんの舞台を見て
『お父つっあんに大分似てきましたね』と
おっしゃったという菊五郎さんの言葉が
胸に暖かく響きました。

極付 番隨長兵衛「公平法問諍」

十三世市川團十郎 白猿いちかわだんじゅうろう はくえんさん(46歳)と
五世尾上菊之助さん(46歳)が共演することに
興味を感じてそこを楽しみに拝見しました。
屋号は成田屋と音羽屋。

そも、「團菊祭だんきくさい」とは、
明治時代に活躍した九代目市川團十郎と
五代目尾上菊五郎の功績を偲びたたえる行事で、
1936年から始められた公演だそうです。
1977年からは歌舞伎座の5月の恒例の興行となっています。

2017年歌舞伎座での劇中劇、村上座の様子

序幕は村上座が芝居小屋で
公平法問諍きんぴらほうもんあらそい”という
劇を上演しているという場面から始まります。

劇中劇から幕が上がるという珍しい形。
幡随院長兵衛ばんずいいんちょうべい(團十郎)が
観客席の間を通って
舞台に入っていく演出があるので、
私たちも村上座を見ているお客として
参加しているていとなります。

私はこの作品を観るにあたって
知らないことがいくつかあったので調べてみました。

その①題名にある“極付きわめつき”とは
優れた作品であるということで、
たくさんある番隨長兵衛の話の中で最も史実に近く、
完成度も高い作品とされているのでこの言葉が冠に付くようです。

その②番隨長兵衛は江戸時代前期に生きた町人で
侠客きょうかくの元祖といわれている人。
その後多くの歌舞伎や講談で
長兵衛の活躍する話が作られてきた。

その③劇中劇の“公平法問諍きんぴらほうもんあらそい”は
江戸時代には誰でも知っていた有名な話らしい。
どちらかというとおもしろ劇だったみたい。
けれど、私にはよく理解できないままお話が進んでしまった。
まあそれでも大筋に問題はないみたいなのですけど。

坂田公平さかたきんぴら(あの坂田金時、金太郎さんの息子)が
悪者の慢容上人まんようしょうにんを相手に
仏教や出家について問答をするという内容です。
主君の息子が無理やり出家させられそうになっていて、
それを阻止すべく力ずくの問答とやり込め方で
相手を懲らしめるというドタバタ劇。
そこをイマイチ理解できず楽しめなかったのは残念でした。

でも要の筋書きはここからで、
町奴まちやっこの頭 長兵衛 VS
旗本奴はたもとやっこのボス 水野十郎左衛門みずのじゅうろうざえもん
という長年の対立構図から
抜き差しならぬ事件へと発展していく様が
描かれていきます。

身分はあるのに社会的立場に不満を覚え、
心に闇を抱えている水野は、
庶民に人気の高い長兵衛に何かにつけ
顔をつぶされてばかりのようで、
その不満はいよいよ長兵衛に対する殺意となって膨らんでいく。

村上座の芝居小屋で理不尽な行いをして
芝居を中断させた旗本奴の男を
いさめて打ち据えた長兵衛、
観客からはヤンヤの喝采だが
それを見ていた水野は当然面白くない。

『覚えていろよ』と長兵衛に言い放ったのは
水野の横に同席していた綱九朗で、
水野はそれをなだめている。
男の中の男を演ずる團十郎さんに対して、
悪役といえども静のたたずまいを持つ菊之助さんなので、
その水野はどこか品がある感じ。

実際には自分の館に呼び出して、
外面では遺恨は水に流そうと盃を交わしながら、
無理やり風呂を進めて、
身一つになったところを襲うのですけれども。

水野に呼び出された時点で命を捨てる覚悟の長兵衛は、
代わりに自分が屋敷に行くという
弟分の唐犬権兵衛とうけんごんべえたちが
押しとどめるのをはねのけて出立していきます。

『人は一代、名は末代』と
自分の運命から逃げることなく、
長兵衛の名折れにならない生き様を貫くため、
それは残った子分たちの名誉を守るためでもあるという
男粋をみせるのでした。

しかし、自分の息子には必ず堅気の道を進ませてくれるよう遺言し、
そこは人の子の親ですね。

そして水野の屋敷では
「殺されるのを合点で来るのは/
これまで町奴で男を売った長兵衛が/
命惜しむと言われては/末代までの名折れゆえ/
熨斗のしをつけて進ぜるから/
度胸のすわったこの胸を/すっぱり突かっせぇ」
のこのせりふである。

そこに長兵衛があらかじめ申しつけておいた
自分のための早桶はやおけ(かんおけ)が届き、
それを知った水野は
長兵衛の覚悟のほどに敬意を覚えつつも、
そのまま槍で一突きしてその命を奪うのでした。

こうやって相手の命を奪いはしましたが、
この勝負、水野の敗北ですね。
史実でも、その後の通しの筋書きでも
水野もやがて切腹を言い渡される運命です。

團十郎さんは、以前は自由奔放な貴公子のイメージでしたが、
今では年齢に応じた貫録を感じます。
長兵衛の子分役では曹操たるメンバーが出演していたのに
目で追うことができなかったのが悔やまれます。

女房役の中村児太郎さん(30歳)や
唐犬権兵衛とうけんごんべえの市川右團次さん(60歳)は
そんな中でも印象に残り、そこは良かった。
でもたくさん取りこぼしてしまった感があります。
初見で見逃がしてしまったものについては
次の機会でぜひ取り戻したいです。


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