あらゆる業界が装置産業になる社会では何が起きるか
歯医者に通っていると、歯科医師業界はもはや装置産業だなと思う。
院内には治療用の精密機械が大量に並んでいる。人の体内に触れるものは傷つけないように精巧な作りを要求されるものが多く、必然的に値段は高くなる。
医者は収入が多い職業の代表格だが、稼げる金額は人の稼働時間という上限があり、初期投資の多さを考えると決して資金的に余裕があるとはいえないのではないか。
開業医は加入する保障が高額になることが多いが、それは収入が高いというより、とっているリスクの大きさに比例しているだけなのだ。
金融業界もシステムという目に見えない巨大装置が生命線である点で、同じく装置産業といえるだろう。
では、装置産業と呼ばれる業界はどのような特徴を持っているだろうか。
懇意にしているベンダーに足元を見られる
長年付き合いのある取引先にはついつい気を許してしまいがちだが、ある日突然ビジネスの現実に引き戻されることがある。
要するに、ある日突然値上げされることがあるということだ。業務と密接に紐づいている仕事道具は簡単には乗り換えることはできない。(経済学の世界でいう"ロックイン効果")
特に一点もののオーダーメイドは危険で、採算が合わなった供給者側が価格を吊り上げてくる可能性がある。
対策はこの裏返しで、多くの会社向けに提供されている標準的なサービスを我慢しながら使うのに慣れることだ。
「いざとなったら似たような別のツールに乗り換えられる」のは相見積もりも取りやすくなるし、価格交渉の材料になるのである。
習熟期間の長期化とスキルの階層化が進む
システムにせよ機械装置にせよ、さまざまな機能が追加されるにつれてどんどん複雑になる。すると、初見の人間が一人前になるまでに必要な習熟期間もどんどん伸びてゆく。
これ自体が組織の教育費用増加に繋がるが、見逃せないのがスキルの階層化である。
たとえば、複雑さ100の機械と複雑さ10の機械があったとする。
複雑さ100の機械は価格が高いので儲かっている会社しか買えず、使いこなすのは難しいができることは多い。
逆に複雑さ10の機械は価格が安く幅広い会社で活用されているが、使いこなすのが簡単でできることは限られている。
この場合、どちらの機械に習熟したほうがその人の給料は上がりやすいだろうか。スキルの希少性を考えると圧倒的に複雑さ100の機械に習熟した人間である。
複雑さ100の機械を扱うスキルは複雑さ10の機械を扱う時に全く役に立たないとしよう。
この場合、転職先の候補は高いお金を出して同じような複雑な機械を買えるような限られた会社である。その少数の会社とご縁がなければ、宝の持ち腐れで失業者となってしまう。
技術に互換性がなければ、「転職先の選択肢の多さ」と「単価の高さ」はトレードオフなのが分かる。
では、「大は小を兼ねる」といったように、複雑さ100の機械を使う能力があれば、複雑さ10の機械を超楽勝で扱えて、余力でさらに会社に貢献できてしまうとしたらどうだろう。
その瞬間、複雑さ100の機械を扱える人間は転職市場で引く手数多になり、交渉力が増してさらに給料が上がりやすくなる。
このように装置産業化が進むほど、置かれた環境次第で身につけるスキルに大きな違いが出てくる。
しかも、そのスキルが上位互換にあたるのか互換性がないのかによってその後のキャリア人生も大きく変わってゆく。複雑さが大きいスキルは習得に費やす時間も増えるので、将来を見誤ると取り返しがつかない。
もしあなたが「転職に備えて、どこの会社でも通じるポータブルスキルを身につけよう」と考えているのであれば、そのスキルを「転職先の選択肢の多さ」と「単価の高さ」の2つに要素分解してみてほしい。
「給料を上げたかったのに全然高く売れないスキルだぞ」というようなミスマッチを起こさないことを祈っている。