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[潜在意識]ひぐま"怪しい"フィルターで受取拒否はもったいないと知る🐻‍❄️[柔軟性]

「なんでも"怪しい判定"をして否定するのはもったいないんじゃないか?」

ひぐまは最近そう思っている。


noteで純粋に素晴らしい文章を書く方がいらっしゃって、

「この人の文章とても良いよ!😆」

と友人に教えてあげたところ、

「教えてもらった人の素性が怪しすぎて文章が入って来なかった☹️」

と、言われたのだ。


🤔💭


確かに。

その方は一般的な職業に就かれているような方ではないし、
生き方として世間的には「不埒」の部類に入るかもしれない。

過去その人に直接的に騙されたとかなら理解できるけど、
"怪しい"と思っただけでその人の作品や感性まで受取拒否するのが不思議だった。



作者が大手企業のサラリーマンもしくは公務員で、
家族が居て住宅ローンを支払っている
世間一般で言われる「まともな」人間の文章なら受け入れられるのだろうか??🤔

それも変な話だ。


まぁその辺は個人の価値観なのでとやかくは言わないけれど、
怪しいか怪しくないかという(恐らく世間的なフィルター)で
受取拒否したり自分の可能性を狭めるのってなんだかもったいない気がするのだ。


目に見えないことは全部怪しいと言い、
目に見えない力を全て受取拒否するならば、

人生はかなりハードモードなのではなかろうか。

ひぐまは
怪しかろうが、胡散臭かろうが、
目に見えない世界と力は存在していて、

そっち側とは通じているべきと思っている。

柔軟に軽やかにね。

ま、最終的には個人の自由だけれどもさ🐻‍❄️

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