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一生懸命練習すると、人の演奏の解像度が上がる。

ずっと練習が嫌いだった。
音楽学校に入るまではギリ真面目にやっていたが、入った途端周りとのレベルの違いに愕然として『私なんかが一生懸命練習しても無駄』と試合放棄してしまった。
そしてその段違いに上手いと感じている学校の人たちの演奏すらも「なーんか『朝から晩まで一生懸命練習しました』ってのは嫌ってほどわかるけど、『朝から晩まで一生懸命練習しました』を伝えるために朝から晩まで一生懸命練習するなんて全然面白くないな」という思いを抱き始めた。実に不遜な落ちこぼれである。
じゃあオマエは何がしたいんだと言われても、音楽学校に入ることをゴールに設定してしまっていた私のヴァイオリン人生は15歳にして目標を見失い、少なくとも高校の3年間はとても不毛であった。
とりあえず中退や留年は親が嘆き悲しむだろうから避けたいと思い、形だけは早朝や夜間の練習室争奪戦に参加してみたりしてかろうじて楽器には触れてはいたけど練習も勉強も前向きには取り組めず、自分にも学校にも常にコレジャナイ感を抱いていた。
大学に進学すると少しだけ世界が広がった気がして高校の時よりは気持ちが楽になったが、練習に対する気持ちはあまり変わらなかった。それなのに無謀にも留学を目論み始めた。
私が行きたかったフランスは、当時の師匠は全く詳しくないというので卒業したら自力で頑張ってちょうだいな感じだった。そこで私は都内のフランス音楽留学斡旋事務所なるところに問い合わせてみた。
アポをとって訪ねていくとジブリのお婆さんキャラを足して10乗したようなキョーレツなフランス人女史が出迎えてくれた。他に頼るところもない私は絶え間なくタバコをくゆらせるこの女史にフランス式レッスンをお願いする事になる。
まず「40秒で暗譜しな!」と言わんばかりの勢いで出された課題が彼女自作のスケール練習と、フランスでは主流の、入試の課題曲にもなっている超えげつないエチュードだった。恥ずかしい話、在学中は放任の師匠のもとスケールもエチュードもろくにさらってなかった上、卒業後さらに練習を怠けていたので最初の方のレッスンの出来はかなり酷かった。くわえタバコの女史にピアノで一音一音音程を直され、タバコの煙とともに「音程ノ大掃除ヲシナサイッ!」と檄を飛ばされ、這う這うの体で逃げ帰ったりした。
それでも彼女のレッスンはカラッとしていて楽しかったし、学校に通っていた時より気持ちが自由になって毎日が充実しはじめていた。最初手も足も出ないと思っていたえげつないエチュードも数をこなすごとにゲームのように攻略法が見えてきた。運任せだった音程がハマってくる感覚が左手から伝わってきた。
そのうち女史からも「アンタ、フランス向いてるよ」と嬉しいお言葉をいただけるようになった。
そうしてめでたくその年の秋にフランスへ留学してからも、女史が紹介してくださった先生に件のえげつないエチュードをみっちりしごかれた。
課題をもらう→1週間後のレッスンまでに大体仕上げる→1週間後のレッスンまでに暗譜というルーティンを延々とやらされた。レッスンの最後に楽譜に笑顔で書かれるハートマークは『愛してるのサイン』ではなく『暗譜しやがれ』のマークであった(フランス語で暗譜はpar cœur=心の中で)
ひどいと課題を貰った次のレッスンで「もう暗譜で弾いてみろや」と無茶振りされることもあった。(重音の音階とかも抜き打ちでやらされた)

日本の音楽学校にいた時、演奏技術の正確さばかりを求められて競わされている気がしてそれが嫌でたまらなかった。自分の弾けなさを棚に上げてもっと心に響く音楽をやりたかったし聴きたいと思っていた。それでなんとなくフランスなら私好みの抒情的でポエジーでロマンティックな演奏を学べるんじゃないかと思っていたのだが、書いてきた通りそれは大いなる勘違いであった。むしろフランスでの方が現実的で合理的な課題をこなすことになった。だが不思議なことに窮屈さは感じなかった。それどころか地獄のようなエチュードを悪態をつきながら練習しているうちにどんどん音も見える世界も変わってきて、あらゆるレベルの人の演奏に対する感受性にも変化が出てきたように思えた。かつて『私よりたくさん練習してて格段にうまいってのは嫌ってほどわかるよハイハイ私なんかシねばいいですね』としか思えなかった音楽学校の人達の演奏も、記憶の中で『ああ、あの人はこういう表現がしたかったんだな、こういう良さもあったんだな』とアップデートされていった。自分が練習することで、人の演奏の解像度も上がっていったのだ。粗探しが上手くなったのとは違う、耳と心の成長だった。

『みんなに追いつくため』ではなく
『みんなを理解するため』に練習する

という考えは、私の音楽家としての生き方に確実に変化を与えてくれたと思う。

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うろうろ〜フェット気分でヴァイオリンを〜
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