ディベートの材料になりそうな話題
世の中には一筋縄でいかないことがある。それこそディベートの材料になるような話題。
最近思い出されるのは、テレビでアメリカの大学の授業をインド系の女性の教授がやってたのがなぜか放送されてたんだけども、
震災の時に福島の原子力発電所に津波がくるから逃げろ!という時に、東電の社員がいやいや発電所が爆発したら国が一大事だから逃げられない、残れ、云々。みたいな話で生徒にどう思うかを聞いていた。いろんな意見が生徒から出ていた。
「ありえない。社員に残れというのはクレイジーだ。自分だったらまず逃げるだろう」という意見もあった。確かその時総理大臣の人は残ってくれと頼んだんだと思う。自分が総理大臣だったらどう指揮していただろうか。全くわからない。
もう一つは天皇制について。雅子さまは外務省では百人力の仕事の能力を持っているという話を聞いたことがある。自分が皇太子に見初められることはまず100%ないとして、ただ万が一一般人が天皇家の人たちから求婚された時に果たして断れるのか??という疑問が浮かぶ。雅子さまは仕事を続けるという選択肢はないのだろうか?そもそも天皇家の人たちに職業選択の自由ってあるのかな?人権が制限されてない?ということを憲法9条を保護したい人に話してみたら、「天皇は象徴として存在していて、政治に利用されるようなことがあってはならない」とは言っていたが、天皇が存在することは概ねOKみたいな感じだった。これはSNS上で話あっていただけなので、いろんな人と直に話してみたい話題ではある。
高校生の時に倫理の授業で、アメリカがイラク戦争を始める時に先制攻撃したことの是非についてディベートの授業があった。ちょうど私が17歳くらいのとき。私はアメリカが先制攻撃したことはおかしいと思っていたので、是非先制攻撃反対の立場でディベートに参加したかった。だがしかし、どちらの立場になるかは「じゃんけん」で決めたため、不本意ながら先制攻撃を「是」とする立場でのディベート参加になってしまった。そしたら、本当に不本意ながら「是」とする立場の方で、ディベートには勝ってしまって、とても残念な気持ちになった。ディベートの勝ち負けというのはなるべく相手の陣営の重箱の隅をつつく材料をいくら用意できるかで変わってしまう。
ディベートのような相手をやり込めるための議論ではなく、ただ意見が違うことを聞き合うという場に自分は割と興味がある。そして、意見が絶対に分かれるだろうという話題にも興味がある。画一的でない、一人一人の世界観を垣間見れるからかもしれない。ただ、インターネット上でやり合うのは結構不毛だと感じているので、やっぱり直接会って話すのが一番だと思う。
あとは、そのような意見が分かれるような話題で争っている人達でも猫好きなことでは共通してたり、猫動画で癒されてたり、同じ人間で、毎日トイレに行って排泄したり寝たりしてるんだな、、、とかくだらないことをよく考えている。