#YAMATO-2
JRAが角田大河騎手の訃報を発表した8月10日(土)の翌11日(日)の競馬
終了後、兄・大和騎手が自身のインスタのストーリーズに載せたコメント
である。
言葉通り、彼の騎乗する馬たちにとってはしんどいかも知れないが、
緩める所は緩めた上で、スタートからゴールまできっちり追える所
は目一杯追い、馬がタレそうになると鞭を入れ、あるいは首を絞り
上げるようにして追いまくる。
(タレたくてもあんな風に追われたら、そら馬も走らなしゃあない
やろなぁ)と思わされる。
無理を強いている、という風には見えない。
馬が嫌がっているのを無理に走らせるというのではなく、これは競馬
あるあるだが、レース中、直線半ばまでくると息を抜きたがる馬は多い。
目一杯走ってきたのだから休みたくなって当然なのだが、その休みたがる
馬に”いやお前ならもう少しできるはずだ”と言うかのように、大和騎手は
体全体を使った追いのギアをさらに上げる。
大和騎手の騎乗馬には2着が多い。
が、それ以上に10着以下の着数も多い。
つまり、馬に無理をさせているわけではない、と私は解釈している。
走れない、と思ったら、いかに馬が気分を損ねずにコースを周れるか
に意識を切り替え、そっちに腐心している(そのレースで損ねた気分を、
以降、引退まで引きずったままになる馬もいるのではないか、と
これは一競馬ファンの想像)と思える。
レースを競わせるのではなく、気分よく、ケガなく走らせる事。
騎手がその人生をかけて行う仕事の大半はこれではないかと
私は思っている。
競馬ファンの間で”典ポツン”という言葉がある。
レースを走っている馬群から1頭だけ、後ろにポツンと置かれたまま、
終始その位置でレースを終える事を揶揄した表現だが、今ではすでに
揶揄ではなくなってきている。
走らせて掲示板にも乗らず、着拾いしかできないのに無理をさせて
たいした着も拾えないならば一切馬に無理はさせない、という
ある意味、競馬ファンに向けて”馬という動物に対する理解度を
少しは高めて下さいよ”と主張してるかのような、もちろんそんな
事を本人は公の場で一言も言った事はないが、少なくとも”最後方
ポツン”を一つの騎乗スタイルとして認知させてしまった男、
今年のダービージョッキー、横山典弘騎手56歳である。
批判の声ももちろんあるが、私の体感で申し訳ないが、”典さん
じゃしょうがない”というファンが7、8割、批判の声は今では残り
の1、2割ではないかと思う。
しょうがないという側からしてみれば、”鞍上が横山典弘って
わかってて馬券を買う方が悪い”といった感じである。
私自身もそう思っている。
馬券を買わずに、予想だけで競馬を楽しむようになって一番ホッと
しているのが、もう騎手欄に横山典弘の名前を見ても、その騎乗馬
の取り捨て選択で吐き気がするほど悩まなくてよくなった事だ。
油断していると、目の覚めるような騎乗で馬群を割り、レースを
征されてしまう。
(う・・・っそだろ?・・
走れる状態に無いと思ったから切ったのに・・・)
ゴール前200mで味わう、一瞬で焦げ付いていく焦燥にまみれた
あの絶望感。
あれを味あわなくて済む。
寿命が5、6年延びた気がする。
その典さんの”典ポツン”ほどではないが、走れない馬には無理を
させない、という点では一致しているのではないか、と思える
大和騎手、少しでも走れる馬に対しては180度違う。
とにかくその馬が持てる力を全て出し切るまで追う。
私にはそんな騎乗に思える。
馬に”決してあきらめない事”を教え込むかのように。
2着が多いのは、だからではないか、と勝手に思っている。
いつか、あきらめない事が実を結ぶ時が必ず来る、という確信
をもって、追っているのではないか、と。
もちろん、1着だ、2着だと騒いでいるのは人間だけで、馬は
もう一段気高い所にいる。
あるいはそんな事は全く関係ない境地というか、”何でもいいから
早くニンジン寄越せや!”という馬も。
いずれにせよ、確信は、伝わる馬には必ず伝わる。
その現れかどうかわからないが先週、弟の死後、初めて大和騎手は
1着を勝ち取った。
8月17日(土)中京第3レース、3歳未勝利戦、ダート1900m。
大和騎手の”あきらめない騎乗”が、ダート長距離によく似合っていた。
勝った馬は単勝5番人気、カレンワッツアップ。
3コーナー手前でもう息を抜きたがる同馬に大和騎手は鞭を
1つ入れ、3コーナーから4コーナーを周る時も所々で鞭が
入っていた。
馬群の先頭、3頭併せ馬の一番外側をカレンワッツアップは
走っていた。
距離ロスを含めると1頭だけ1900mではなく、2100mぐらい
走った事になるのではないだろうか。
大和騎手の追いと鞭の成果もあってか、カレンワッツアップは
3頭の外から4コーナーを内側の2頭にかぶせるように回って
3頭での先団形成を崩さず、直線に入った。
そこからゴールまで、大和騎手は同馬の首を絞り上げる事に
集中していたかのように、鞭は2回しか使っていない。
途中何度もカレンはタレそうになったが、大和騎手は首を
下げさせなかった。(ちなみに男馬である)
ゴール前内側の2頭のうち1頭がタレ、もう1頭との一騎打ちに
なったところで大和騎手は鞭を4回5回と入れ、カレンの気を
もう一段引き上げた。
応えてカレンは内側の1頭よりクビ差先にゴール板を駆け抜けた。
トップ画像はその時のものである。
(手前側ゼッケン11番がカレンワッツアップと角田大和騎手)
レース実況をするアナウンサーはこんな時、勝ち馬のゼッケンと
馬名と共に、大抵騎手の名前をアナウンスする。
が、この時、カレンワッツアップの名は連呼されても、大和騎手
の名前は一度も言われる事が無かった。
今はそうなのだろう。
重ねていけばいいだけだ。
勝ち続ければ、いつかいやでもその名を口にせざるをえなくなる。
大和騎手の成績、8月17日(土)18日(日)は、カレンワッツアップ以外に
2着が1回。あとは、10着5着16着9着17着9着13着14着14着18着、
8月24日(土)25日(日)は、2着2回に4、5、6、7着が1回づつ、
あとは14、10、12、10、16、17、16、15着だった。
今年、現時点での通算勝利は9勝である。
いつか・・・
重賞を勝てば、テレビの勝利ジョッキーインタビューがある。
その時、弟の名前が出るだろうか?
大和騎手は涙を流すだろうか?
どっちでもいい。
そんな事は通過点に過ぎないくらい、勝てるジョッキーに。
なれるポテンシャルが彼にはあると思う。
ふと武豊騎手が浮かぶ。
4000勝を達成したレース後のインタビューの顔だ。
2018年だから、6年前になる。
それまで降っていた雨がいつの間にか止んでいた事が
強く印象に残っている。
アナウンサー
『今後の目標は?』
武
『4001勝目を勝つ事です』