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Distance -1/4

distance(距離感)と言うと、私などはつい直線的で”物理的な距離”という
ものをイメージしてしまうのだが、”距離”とは、意識で想定している事と
現実との間のギャップを比喩で言い表しているのであって、
実際には直線的なものではなく、立体的なものだ、
という事を改めて思い知らされた。

2024年7月21日つまり昨日、行われたWBCバンタム級タイトルマッチ
チャンピオン中谷潤人選手vs同級1位ビンセント・アストロラビオの
一戦は、1R後半、中谷選手の左ストレートのボディブロー一発で
アストロラビオ選手が悶絶、試合開始後157秒で決着がついた。

普段、あまりボクシングに接する機会が無く、海外ボクサーに関する
手持ちの情報もほとんど無い方に申し上げておきたいのは、
ビンセント・アストロラビオ選手は”強いボクサー”、という事だ。

ギレルモ・リゴンドーというボクサーがいる。
現在43歳で、なお現役だ。
キューバからの亡命者というバックグラウンドも相まって、正当な
評価がなされないなどアメリカのボクシング界から迫害される側面
をもつ男である。
(詳細は割愛するが、側面であって迫害一辺倒というわけではない、
という事をお断りさせていただきたい)

2000年のシドニーと2004年のアテネ、2つのオリンピック大会の
ボクシング、バンタム級で金メダルを獲得。
キューバからアメリカに亡命したのは2009年、同年そのアメリカで
プロデビューしている。

その全盛期は2012年から2017年あたりだろうか。
(一説にはリゴンドーの全盛期は19歳頃、キューバのアマチュア時代
である、とも言われている)

抜群のスピードでのステップワークをベースにしたディフェンスと
鋭い右のジャブ(サウスポーである)、そして正確無比な(無慈悲な、
と言い替えてもいい)左ストレート。

2019年の第1戦目であのナオヤ・イノウエを苦しめたノニト・ドネアを、
2013年、ドネアにとっても全盛期と言える時、そのドネアをリゴンドー
は10回にダウンを奪われながら12回3‐0の判定で敗り、
当時のスーパーバンタム級統一チャンピオンになっている。

全盛期終盤ともいえる2017年12月、ウクライナの英雄ワシル・ロマチェンコ
(超がつくボクシング界のスーパースターの一人)に敗れるまで
18戦無敗だった。
(ちなみにこの時リゴンドーは、ロマチェンコと同じ階級となる為に2階級
上まで体重を上げて戦っている。つまり、体格・体力(スタミナ、パンチ
力)ともにロマチェンコが圧倒的に有利な状況だった)

ロマチェンコに負けた後も、全盛期より落ちるとはいえ40過ぎてなお実力
はその辺の世界ランカーより抜きんでており、2019年にWBCのスーパー
バンタム級、2020年にはWBAのバンタム級チャンピオンに返り咲いている。

2021年WBOバンタム級タイトルマッチで、あのしょっちゅうナオヤ・イノ
ウエにちょっかいを出しているジョンリル・カシメロに判定で敗れた。

が、2-1のスプリット・デシジョンである。
3人のジャッジのうち一人はリゴンドーの勝利と判定したわけだ。

再起を期した次戦、41歳の2022年2月のノンタイトル戦、まだまだトップ
街道を歩んでいるそのリゴンドーから8回にダウンを奪い、12回3‐0の判定
で敗ったのが、このビンセント・アストロラビオ選手である。

27歳のフィリピーノで、フロイド・メイウェザー・Jrと並んでボクシング界
の生きる伝説であり、大統領候補として名前が挙がるほど母国フィリピン
の英雄で、ボクシング界の英雄でもあるマニー・パッキャオ(制覇した階級
は6階級、あるいは8階級とされる事も)と同じボクシング・トレーナーの
コーチを受け、子供の頃からパッキャオのトレーニングを見て育ち、現在は
そのパッキャオからボクサーとしての支援を受けてもいる。

文句無しのWBCバンタム級世界1位であり、現時点では中谷潤人選手の対戦
相手としてはナンバーワンと言っていい男だ。

その男を中谷選手は、1R2分37秒、たった1発のボディブローで沈めた。

ネットニュースの見出しで、”みぞおちに一発”などという文言があるのを
見かけたが、あのボディブローが入ったのはみぞおちではない。

youtubeなどの動画でスローで再生するか、一時停止で確認してもらえれば
わかるが、みぞおちより下の部分、下腹部(もう少し下だったならロー
ブローで反則を取られかねない所)に中谷選手の左ストレートが
めりこんでいる。

そしてあの箇所は、打撃によるダメージがみぞおちより
”遥かに効きにくい”部分なのだ。
ダメージを受けにくく、当たってもさほど効果はない。

通常ならば。

以下は私の妄想である。

試合開始からKOした時まで、中谷選手はただの一発もボディブローを
放っていない。

右のジャブを内から外から、そして左ストレートからの返しの右フックを
顔面付近に2、3セット、また右フックを相手の出入りの際に数発、
そういった感じで1Rの2分過ぎまでアストロラビオ選手とのファースト
コンタクトとしての対話を楽しんでいるようにも見えた中谷選手。

そのまま、その対話の延長のように左ストレートをアストロラビオ選手
のボディ真ん中よりやや下の部分へ、スゥーッと自然に伸ばしていった。
そのまま、対話の延長のように。

そのまま、である。
目線も。

つまり、試合開始から2分過ぎまで胸より上、顔面付近にパンチを打って
いた時と同じ目線で、同じ顔面付近を見ながら、左のストレートはボディ
へと伸びていた。
その左ストレートが自身のボディに当たるインパクトの瞬間、アストロラ
ビオ選手は見た目、何もしていない。

パンチが見えていれば、インパクト時、腹をよじる等のボディワークの動作
があるはずだが、アストロラビオ選手の腹部は、いや腹部どころか全身
右にも左にも斜めにも、ピクリとも動いていない。

この事から全くの意識外からのパンチだった、と推測する。
ただし、インパクトの瞬間まで意識に無かったわけではない、と妄想する。

中谷選手の左ストレートがボディに当たるその瞬間、”やっべ!・・・”と
思いながらアストロラビオ選手は何かしようとしているようにも見える。
が、何をしようにももう間に合わない。

で、どうしたか?

体を硬直させたのだと思う。
ボディブローへの衝撃に耐える為に。

両肘に力を入れ、腹部を固くして体を、衝撃を受け止められる状態に
しなければならない。
そしてアストロラビオ選手はそうしたように見える。

は?逆じゃない?
と思う方もおられると思う。

強い打撃による衝撃を、腕や肩で受けるならまだしも、いくら筋肉
でおおわれているとはいえ、腹部の、その筋肉がおおっているのは
デリケート極まりない消化器という内臓なのである。

受けるよりも衝撃を流す方が、まだしも効果的なのでは?と私の
ような素人はわかった風な理屈に思いをはせつつ、拳で殴り合う
スポーツでどの打撃をどのように受ければ良いか、どういった
シチュエーションのどういった打撃は、受けた方が良いのか、
それとも流した方が良いのか、日々考え訓練を重ねてきたプロでも
無防備に体を硬直させてしまうしかなくなり、
そう反応してしまう・・・”意識外からのパンチ”とは、一瞬にして
生存本能がむき出しになった状態に引き戻してしまう、全てを
振り出しに戻してしまうという、そういうパンチなのだと
思うしかない。

もしかしたらアストロラビオ選手はあの時、インパクトの瞬間、
腰を引きながら両足を宙に浮かせるようにし、倒れてもかまわ
ないから体全体を脱力させれば、あるいはダメージは多少軽減
されたのではないか?などと考えてしまう。

今、ダメージと書いた。

中谷選手のボディブローが見事に決まったみぞおちよりやや下
のあの箇所は、みぞおちよりも打撃のダメージが”遥かに効き
にくい”んじゃなかったの?
ダメージを受けにくく、当たってもさほど効果はないんじゃ
なかったっけ?

と思った方もおられるのではないだろうか?

字数が3,000を超えた。
次回、続きを。

このテーマ、とりあえず全4回で予定してみた。
お時間ある方、お付き合い頂ければ幸いです。

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