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Hope,in a hopeless world #2024winter-5-5

2024年12月28日、第41回ホープフルステークス、中山競馬場、芝2000m
2着馬に2馬身の差をつけて、クロワデュノールは完勝した。

前を行くゼッケン11番のファウストラーゼンと13番ジュンアサヒソラを
楽に見える脚色で追走し、余裕をもって抜き去るとそのまま全力を
出すまでもなく、8分ぐらいと感じられる走りでゴールを先頭で
駆け抜けた。

(本気で全力を出したら、どれぐらい強いんだろう?どんな走りで
他馬をどれくらいチギるんだろう?)

その夢に、翌2025年(つまり今年)のターフへの期待に焦がれる気持ちが
混じり、想いは千里を錯綜する。
そして、これで充分だ、と思う。

こんな風に、夢をみせてくれているのだから。

もちろん、”全力で走ったらどれくらい”になるのか、見たい気持ちはある。
同時にその気持ちと同じくらいの強度でこうも思う。
”全力でなんか走らないでいい、8分の力で勝てるなら、全力など出す
必要は無い”

かつて。
”全力で走ったらどれくらい?”という夢を抱かせてくれた栗毛は、
デビュー4戦目に無傷で2歳GⅠの朝日杯に出走した時、既に
”新・怪物”の呼び声も高く、重馬場のような荒れた中山競馬場で
同日同距離の古馬準オープンより0.7秒早い、1分33秒6という、
それまでの記録を0.4秒更新するレコードタイムで勝った。
持てるポテンシャルの7、80%ぐらいの力しか使っていないと
しか思えないような、リラックスした走りで。

1997年12月、グラスワンダー。
翌1998年1月、年度表彰のJRA賞で最優秀3歳(現表記で2歳)牡馬
に選出された彼は、年度代表馬投票で10票を得票した。

その年の年度代表馬はエアグルーブだったわけだが、年度代表馬
というのは、通常3歳(当時は4歳)馬か古馬(4歳以上、当時は5歳以上)
が選出される。つまり2歳馬は受賞対象としては考えられておらず、
規程があるわけではないが、初めから除外される事が前提化していた。
従って投票対象ですらない、というのがこれまでの通例だった。

その年度代表馬投票に、2歳である彼が10票も得票したのだ。
2歳馬が年度代表馬に選ばれたという例だけでなく、得票したという例も、
グラスワンダー以降1頭もいない。
(過去にも恐らく例がないとは思うが、調べたが確証は得られなかった)

個人的な見解だが、このグラスワンダーの2歳での年度代表馬投票得票は
オオタニサンの2刀流と比肩しうるぐらいすごい事だ、と思っている。

そしてここまでが、
グラスワンダーの競走馬としてのピークになってしまった。

彼の歩様に異常が見られたのは、1998年1月の末、休養が明けて調教
を再開した時。
原因不明のまま様子を見ながら調整していたが、3月15日に右後脚の
第3中手骨を骨折していることが判明、98年の春は競走馬としての
彼にはこなかった。

骨折が治っても夏に弱い体質だった同馬の復帰は後にずれこみ、
同年秋、調教を開始するも思うように調子は上がらず、復帰戦の
毎日王冠は5着(この時の1着馬はサイレンススズカ、2着馬の主戦は
グラスワンダーの主戦でもあった的場均のエルコンドルパサー、
的場は思うように調子が上がらず、「エルコンドルの方に乗ったら
どうか」という尾形調教師のすすめにも応じず、グラスワンダーを
選んだ)。

次のジャパンカップを睨んでの初の長い距離であるアルゼンチン共和国杯(芝2500m)、格下といえる他馬を相手に6着・・・
「最後はバテたが、距離は長いとは思わなかった。
まだ本当の状態じゃない」という的場に
「もしかして早熟馬だったのか」と大きなショックを受けていたという
尾形調教師。

ジャパンカップ出走は白紙となり、次走は有馬記念となった。

必死にグラスワンダーの調教に鞭をふるう的場騎手に、嘲笑と哀れみ
の眼差しが他厩舎の調教師やスタッフから向けられ、
”あの馬は終わった””早熟馬だったんだ”という声が競馬ファンの間
で広まった中、迎えた復帰3戦目、有馬記念。

4番人気のオッズは、3番人気メジロブライトの5.3倍に対して14.5倍
だった。

当時、健在だったパドック解説の大川慶次郎氏が、
「元気がありませんねぇ、マチカネフクキタルなんかと比べると
気合というものが全く感じられない」
というほど覇気の無い様子で、トボトボとパドックを周回する
グラスワンダー。

他馬がほぼ2人引きで馬を引く中、一人引きでとぼとぼ歩くグラスワンダー、首が下がっている
手綱を持つ厩務員さんがアソビの部分を束ねて左手で持っているが、
それが長く、だらりとなっている・・・
1998年第43回有馬記念のパドック

当時、テレビ画面で上記画像の姿を観て、思わず私は両手で顔を覆った。
迷いに迷った末、グラスワンダーを軸に数点、馬連で流していたのだった。
(なけなしの5千円が・・スタート遥か前のこの段階で紙屑ってかぇ?)

その時、心中私がすがっていた藁は、某スポーツ新聞で連載していた
”馬体診断”というコラムでの、境勝太郎元調教師のこの言葉だった。

「張りがなく頼りなげに見えた秋の2戦とは全く違う。
デビュー以来これほどよく見えたことは一度もないと断言していいだろう。(中略)これだけの体つきをしていて、体調に問題があるはずがない。
完全復活を確信している」

1998年有馬記念時スポーツ新聞コラムでの境勝太郎元調教師の言葉

境氏はこの時、出走馬中でグラスワンダーに唯一の「10点満点」を
与えていた。

(続く)






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