「どっちでも良い」について。



多くの人が口にするこの言葉。
もれなく自分も言ってしまうが、これが良くない。
結論から言うと、どっちでも良いならどっちかを選んでくれという話。選択を背負ってくれという話。
「どっちでも良い」という返答は、どちらかを選ぶ責任をこちらに投げ返してきているだけだ。時間の無駄。無論、どっちが良いか聞く側も、責任を相手と等分したい、もしくは押し付けたいがために聞く。みんなで決めたことにしたい弱さのせいでもある。

「地下鉄乗っても歩いても10分だけどどうする?」
「あーどっちでも良いわ」

何となくで生まれる会話。節約や運動のためなら歩くし、疲れてたり雨が降ってるなら乗る。が、そこを省いた上で委ねる質問。
一番いけないことは、いやーどっちでも良いなという会話が2.3分続いて結局足止めを食らうこと。

「時間変わんないけど疲れたから地下鉄で行こう」
「今お金ないから歩きでも良い?」

これは意味がある。良い。
片方が選択をすればその後の会話には意味がある。
例えば意見がぶつかっても良い。

「時間変わんないけど疲れたから地下鉄で行こう」
「今お金ないから歩きでも良い?」
「えーでも疲れたから俺は乗るわ」
「わかった,じゃあ俺は歩く」

これは仲が良くない。
もう2人とも帰った方が良い。
2度と遊ばなくてもよい。


どっちが良いか聞く理由が自分の弱さでない場合は、信念がない時。そもそもどっちが良いか聞いた2択のどちらにも気持ちが入っていない。つまり、俺はどっちでも良いからどっちかに傾くやつがいたらそいつに合わせるぜというやつ。


「みんなの意見ホワイトボードにまとめていくけど、これ黒いペンと赤いペンどっちが良いかな?」
「いやマジでどっちでも良いわ」

これはマジでどっちでも良いが、答えた方が早い。
黒だろ。
「そんなこといちいち聞いてくるな」は言い過ぎ。長くなりそうだし。でも聞いてくるなよそんなこと。お前は今までもそうやって委ねて生きてきたのか?赤か黒かも決められないのか?何を恐れてる?お前はどっちが良いと思う?その色で書けよ。間違いとかないから。と、長くなる。
だから、黒。それでいい。

「どっちでも良い」を厄介にしているのはこのケース。
相手に合わせようと探るどっちでも良いも大概だが、お互いがマジでどっちでも良い時のこのラリーが嫌い。
そんなこと言われたってだって本当どっちでも良いんだもん。よしわかった。
じゃあ選べよ。どっちでも良いんだからこそ選べよ。と思う。

詰まるところ、どっちが良い?というフレーズが出た時に生まれる時間。これがあまり好きではない。
これまでの人生で何度このラリーをしただろうか

「どっちが良い?」
「あーどっちでも良いかな」
「えーじゃあこっちにするか」
「うん、いいよ」

これでもまだ短くした。
本当はもう少し長期戦になる。
だからこうではなく、

「どっちが良い?」
「こっち」

もしくは

「こっちで良い?」
「OK」

が良い。良くない?
片方が背負えば、円滑に進む。はず。


「どっちでも良い」の発動条件は主に二つあると思う。

①どっちが良いかを聞かれた時
②全てひっくるめてそんなことはどうでも良い時

①も②も、よくあるシチュエーション。
①は、4.5人で居酒屋に行こうとなった時などに発動する。肉か魚かどっちが良い?みたいに。
話は脱線するが、そもそも居酒屋なんてのは、どんなメニューでも大体ある。居酒屋は基本肉と魚と野菜と米と酒の店なんだから。居酒屋には何でもある。マジでほとんどある。何食べたいか言ってみ?ハンバーグ?ない。

つまりどんな料理の居酒屋に行きたいかで揉めてる時間は、②にあたる。そんなことはどうでも良い。今考えるべきは何が食べたいかではなく、それ以外の項目のはずだ。考慮すべき点は安いか美味いか、この人数で入れるか。もしかしたら喫煙やカードは可なのかという部分なのに。
餃子の居酒屋がいいって?それは肉の店です。
おでんが強い居酒屋に行きたい時だけ言ってくれ。
俺もおでんの居酒屋好き。行こう。
おでんの居酒屋に思うことがある。
出す時に玉子を半分に切って欲しい。
わがまま。
ホッピー本人なのに、外と呼ばれる悲しみ。
寄り添い。


全校集会にて
シスター「ざわざわ…」
校長「えー、皆さんがシスターになるまで3年かかりました」
シスター「アーメン」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?