アメフトのヘルメットにかぶせる「アレ」の話
今回は↓の文献について。
アメフトでは最近、ヘルメットの上にかぶせるようなパッド(例えばGuardian Capなど)が普及しています。
NFLにおいては、2022年にプレシーズン初期にOL,DL,TE,LBについてGuardian Cap(GC)の装着を義務づけると発表し、さらに2023年にはシーズン全体を通じてコンタクトが生じる練習での装用を義務づけ、さらにその対象ポジションにRBとFBを加えています。
こんなに推奨されるんだから、GCの装用が脳振盪の発症リスクを有意に低減させるエビデンスがあるんだろう……と考えるでしょうが、意外と現段階では強いエビデンスはないんですよね。
↑で紹介した論文は予備的な研究pilot study的な立ち位置ではありますが、フィールドでのGC装用に対する影響を確認したものです。
今後も装用と脳振盪発症頻度などについての前向き研究はどんどん出てくるのではないかと思います。
対象の研究について
目的と分析手法の確認
上のSinnottらによる研究は、
P: 大学フットボール選手を対象に、
I: ヘルメット上にソフトシェルパッド(The Guardian Cap NXT)を装用した選手と、
C: 装用しなかった選手で、
O: コンタクト時にかかる直線/回転加速度にどのような変化が生じるか
を調査したものです。
期間は2022年のインシーズン、第一節が始まる前の14回の練習を分析の対象とし、加速度はhead impact telemetry system(ヘルメットに取り付ける式の加速度計)を用いてビデオ映像と合わせて分析されました。
被検者は、装用群ではDL4人のTE1人、対照群ではOL2人、DL2人、TE1人の5人ずつ採用されました。
データの分析では、コンタクトが加わったヘルメット上の位置、観察された方向、コンタクト直前のスタンス・相手との距離などの変数について考慮されています。
結果
ビデオで確認された約1,000のコンタクトによる衝撃が分析の対象となりました。
対照群と装用群でのコンタクト回数やコンタクト位置、方向、スタンスなどに有意な差は認められませんでした。
結果の特徴をざっくりまとめると、
直線加速度(PLA)・回転加速度(PRA)ともに装用群と対照群でその大きさに有意差はなかった。
衝撃の位置はPLA, PRAの両方に影響した。ヘルメットのサイド(左右)に加わった衝撃に比べて前方への衝撃でPLAが大きくなり、さらに頭頂に加わった衝撃はサイド・後方に比べて有意に大きなPLAをもたらした。
PRAに関しても、左右・頭頂に加わった衝撃に比べて前方で大きくなった。
で、肝心のパッドの影響についてですが。
回転加速度(PRA)についてのみ、群間とスタンスでの相互作用が認められました。
具体的には、2ポイントスタンスでは装用群でPRAが有意に大きくなり、一方で3〜4ポイントスタンスでは装用群で有意に小さくなったと報告されています。
パッドについての個人的な見解
当該の研究について
この研究では少なくともGuardian Capが脳振盪リスクを低下させるとは言いづらいのではないか、と思われますが。
当然この研究の解釈にあたってもいくつかの限界があります。
Discussionでも指摘されているとおり、この研究ではLB(ラインバッカー)が含まれていないというのは、スポーツ関連脳振盪の発生頻度がOL、LB、DBで多いという先行研究(Guskiewicz et al., 2003)を踏まえても大きなlimitationになるでしょう。
また、最後のスタンスと群間の相互作用についても、被検者となったポジションの偏りが関与しているとも考えられます。
スタンスと動作の関係など、交絡する因子が加速度に影響を与えた可能性を完全に排除することはできません。
一方で、これまでのGuardian Capなどのパッドに関する研究の多くが研究室ベースで行われていたのに対して、実際のフィールドでのパフォーマンスについて調査されていることは非常に意義のあることだと思います。
結局のところ、着けた方が良いのか
研究室ベースでは、いくつかの条件ではパッドの装用によって有意に頭部への衝撃の大きさが減少することが明らかになっていますが、しかしそれはヘルメットのタイプや衝撃の方向や条件などによって変化することが指摘されています(Bailey et al., 2021; Cecchi et al., 2023)。
全体としてパッドがヘルメットのパフォーマンスに与える影響については一貫しておらず、それはフィールド上で特に顕著になるようです(Cecchi et al., 2023)。
また、重要なこととして、パッドの装用が脳振盪の発生率を低減させたことを直接的に示した前向きコホート研究は現在のところなく、パッドが実際にスポーツ関連脳振盪やそれ以外の重篤な頭部外傷のリスクを低減させるとは現時点では言えないということに注意すべきです。
2022年のプレシーズンが終了したあと(このタイミングはNFLによってOL,DL,TE,LBのGC装用を義務づけた時ですが)、NFLは前述4ポジションについてプレシーズン中の脳振盪発生件数が50%以上低減したとするリリースを出しています。
ただしこれはpeer-review(=査読)された研究ではなく、この情報だけでは「Guardian Capによって脳振盪発症が低減した!」とは言えないです。
練習のプログラムや時間、環境などその他の要因が重なって結果として発症件数が減少した可能性があるためです(もちろんその中にはキャップの影響も少なからずあるかもしれないですが)。
当然、商品を売る会社はその効果を強調するような広告を提示します。
ただし、少なくとも現時点ではGuardian Capの装用を強制する合理的な理由はなく(着けるべきではないとする理由もないですが)、コスト的な観点から利益があるかは微妙、という感じですね。
NATA(全米アスレティックトレーナーズ協会)による、head-first contactの低減に関するposition standにおいても、以下のような指摘がされている点は注意すべきです(Swartz et al. 2022)。
したがって、装用するにしてもその効果が絶対ではないこと、いつでも適切なコンタクトフォームが重要であることは選手に対して強調して教育していく必要があると考えます。
References
Bailey AM, Funk JR, Crandall JR, Myers BS, Arbogast KB. Laboratory Evaluation of Shell Add-On Products for American Football Helmets for Professional Linemen. Ann Biomed Eng. 2021;49(10):2747-2759. doi:10.1007/s10439-021-02842-8
Cecchi NJ, Callan AA, Watson LP, et al. Padded Helmet Shell Covers in American Football: A Comprehensive Laboratory Evaluation with Preliminary On-Field Findings. Ann Biomed Eng. Published online March 14, 2023:1-14. doi:10.1007/s10439-023-03169-2
Guskiewicz KM, McCrea M, Marshall SW, et al. Cumulative effects associated with recurrent concussion in collegiate football players: the NCAA Concussion Study. JAMA. 2003;290(19):2549-2555. doi:10.1001/jama.290.19.2549
Swartz EE, Register-Mihalik JK, Broglio SP, et al. National Athletic Trainers’ Association Position Statement: Reducing Intentional Head-First Contact Behavior in American Football Players. J Athl Train. 2022;57(2):113-124. doi:10.4085/1062-6050-0062.21