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2024年に花のあとさき現地に4年振りに行く

2024.10.27 4年振り4回目のひさびさの訪問。

四年振りに訪問。久しぶりに行くと狭い道が延々と続き、こんな道だったかなと忘れていた。

林道を行くと楢尾の集落がいきなり出てくる。

数年行かなかったのは遠いのもあるが楢尾に人が居なくなったのと、3回目にムツさん、新井さんなどの番組後を聞けたから。
もう番組上の新しい事は起こらなく廃村になった所を行っても寂しさが残る。
無人なので楢尾はひっそりとしていた。
ここには定住の人はもう誰も居ない。

桜、お盆、紅葉など数ヶ月に一度息子さん達世代が来られ、ボランティアの人がムツさんの写真飾り、枝切りなどで来るくらい。
4回行って人に会えたのは2回だけだ。


2024.10.27(日)昼過ぎ

この日に来たのは四年前と同じ時期なので誰かいるかと思い行った。
最近花のあとさきのCDが2022年に出ていた事に気づき購入、2021年に発売された本もたまたま新品で売っており今更買った。(現在は絶版)
映画はまだ配信、dvd化されていなく、何故なのか不思議に思っている。せめて配信をして欲しい。

数年前に秩父図書館で見た写真集「懐郷故山」は他の図書館で取り寄せも出来るらしく送料1200円を払い今更借りた。(アマチュアカメラマン小平春代氏が秩父地域のお年寄りを撮影して発刊した2007年の本.楢尾の人が出てくる。500部しか無く今は手に入らない)
提携外だと1200-2500円くらいかかると言われた。
またこのアカウントのnoteを読んだ、花のあとさきを今見ているなど2024年に連絡が来たりと懐かしい思い出が頭の中に出てきた。
落ち着いていた花のあとさきのブームが若干蘇ってきていた。

自分は北陸に住んでおり、初めて山梨県から群馬経由で今回行ったが紅葉は11月で、元々住んでいた方は当日誰も居ませんでした。
黒沢さんの遠戚の方が家周りを伐採していて話を少し出来たのは良かった。付き合いがほぼ無かったよう。
この写真を見せても曖昧で、もしかして黒沢って2軒あるのかもしれない。

変わっていた事と言えば、宮沢良一さんが2023年にお亡くなりになられていた。

2019、2020年に行った時はすでに施設に入られておりお会い出来なかった。
楢尾のお墓参りに行ったら刻まれていた。
最終章で放送されていた道路の下にある宮沢家も家族が売却したようだった。Amazonで販売してる業者の住所になっている。
宮沢さん家は19年放送の花のあとさきに出ていたが、
道を降りた所にあると知らず、ずっと行って無かった。
2020年に行った時で改築の音が鳴っていたので、放送後に売却したんだろう。

花のあとさき最終章
道路沿いから道がある


ムツさんの家はどんどん老朽化しているのが分かり、存命の方も施設におり、この集落には誰も居なくなってしまった。
最終章で篠塚均さんが言われていたがどこの家も電気とガスは通っている。
黒沢さんの遠戚の方にたまたま聞いたがムツさんのご長男さんは暖かい時期には家の改修で居られるらしい。
前回新井さんの番号を教えて頂いたが、わざわざご連絡するのも気が引ける。
ムツさんの家には訪問ノートがあり、クッキーの金属箱の中にボールペンとノートが入ってました。


新井さん家から見た景色
ムツさん家
2007年からここは住んでいない
アルミ缶の中に記帳ノートが入っていた


もう2024年になった。

月日が経つのは本当に早いなぁと。
ムツさんが元気だったのは2007年でもう17年前になる。生きていれば101歳。新井さんも96歳。
花のあとさきを知って5年。
もし2007年に花のあとさきを知っていれば当時行ったかもしれない。
ただあの当時スマホなんて無く、おそらく地図を見ても辿り着けない。

仕事上、お年寄りの方とよく話す仕事だったから
言えるが、ムツさんや新井武さんみたいな人は
ほぼ居ない。
誰からも好かれる可愛いおじいちゃん、おばぁちゃんはまぁ居るけど、人の心に響く話をする人って中々居ない。
それが僕の心の琴線に触れて何回も行ってしまったのだと思う。

母方の祖父母の家が似た様な過疎地にあるのでそれもあるかもしれない。

話は変わるが楢尾を見ていたら悪質な落書きが今回あり、花のあとさきを見た事も無く、ただここが廃村と知られるのもあんまりだなと思った。

初めて山梨経由で来たが日航機墜落事故の御巣鷹山が近くにあって驚いた。
日曜昼に1時間くらい楢尾を散策していたが観光の人は誰も今回居なかった。
車は通るので多分進むと秩父の集落に繋がるんだと思う。
その後群馬、長野経由で北陸の帰路に着いた。
今度は桜が咲いている時期に多分行くと思う。

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