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櫻坂46『本質的なこと』に向き合ってみる
10thシングル『I want tomorrow to come』の今月23日(水)発売を前に、共通カップリング三期生楽曲『本質的なこと』のMVが18日(金)22時にプレミア公開された。
◆ 10月16日10時〜
ここ最近の傾向として音源先行配信から同日夜のMV公開というパターンが定着したかの様だったが、この曲が直後にMVにふれなかったのは、やはり三期生全員での制作が難しかったのかな…と思っていた。
まさか今回はMV二曲のみ〜なんてことはあるまいと経過をみていたが、16日の遠藤理子のラヴィット初出演終了後の朝10時に図ったように公式からアナウンスがあった。
なるほどそういうことね〜時に運営も粋なことをやるもんだな…とニンマリする。
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◆ 10月9日21時前…
現地参戦した9日の三期生追加公演最終日終演直後、大阪城ホールの左右のモニターに、突然ティザー映像が流れた。ノイズ混じりの主音めいた一拍が入り、優しい歌声が続く。それはまるで、雫の落ちるような音で始まり、やがてその波紋が水面に拡がるかの如く、静寂の世界にこだまする奥深さを感じた。ただそれが最初、遠藤理子の歌声であると直ぐには認識出来なかった。今なら疑う余地もないほどの彼女の歌声なんだが、やはり突然のことに意識が追いつかなかったのだろう。
◆ 10月10日 0時〜
0時になり、配信音源を聴いてみる。
そしてその楽曲は、清涼感に満ち溢れたとても瑞々しいものだった。
櫻坂として、この領域に踏み入るのは私個人としては大歓迎だ。
6th『Start over!』のカップリング曲『一瞬の馬』は表題メンバー曲だが、一期•二期生曲でもあった。
昨年の3rdアニラで披露した同曲のパフォーマンスは、とても強く印象に残っている。
それに対する三期生曲が、この『本質的なこと』のようにも私には思える。
EDMにピアノとアコギを絶妙に絡めてのTomoLowのアレンジは秀逸である。
9thの三期生ユニット曲『標識』は遠藤理子の歌声がベースになっているものとして聴こえた。この『本質的なこと』も遠藤の歌声なくして成立しない楽曲だと言える。
そしてそこに共鳴するかの如く、三期生たちの歌声が重なっていく。とても美しい。
ただ、この曲の秋元康の詞はとても切なく、何か身につまされるような思いにもなる。
自分語りになり恐縮だが、私も男女の出会いと別れというものを、繰り返しと言うほどでもないが、遠い昔に一通りは経てきた。
つまりは、フったりフられたり…ということだ。
ただ、この歌詞の設定と言うか展開なら、私だったら心情的には揺らいでも、そこに戻ることはないかな…と…
昔の恋をなつかしく思うのは
今の自分が幸せだからこそ
もう 忘れて
ただ、いくつ歳を重ねても、このフレーズの真理には、未だたどり着いてはいない…
まぁこうして文字にしている時点で分相応の“幸せ”ではあるんだろうな…とは思うけど。
◆ 10月18日 22時〜
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いつにも増して心して観よう〜とその時を待つ。
映像は『僕のジレンマ』『桜月』を手がけた金野恵利香監督。
構成にいくつか共通するものがある。
映像の照度、舞い散るフェザー、ヘッドレストに対する室内帽、そして後ろ姿…
舞台設定はなんだろう?
最初はミッション系女子校の寄宿舎かに思えたが、財閥系の大豪邸の洋館とメイドたちと言ったところか…
ロケ地は栃木•メイフラワーゴルフクラブとのこと。
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金野監督独特の照度と、よもぎ色の衣装がとてもマッチしている。
TAKAHIRO先生の振りはバレエ要素を組み込みながらの様式美を魅せる。
ある種の”時代感“を色濃く出しながらも、遠藤理子を中心に切なく儚い世界観を表現している。
マリオネットの様な動きから始まり、遠藤に谷口と小島が寄り添う…
えんりこの表情がとてもいい。
フォトフレームの人物は、大切な人〜母親の肖像画か〜顔がぶれているのは長い間、逢っていないことを表しているのだろうか?記憶を辿るような仕草の遠藤…
途中にドレス姿になるのは日常からは程遠い“華やかさ”への願望か…メイド服に戻ってしまうのはシンデレラ•リバティの虚しさか…
割れたフォトフレームが表すものは何か?
人としての生き方の『本質的』なもの…
全体を覆う切なさや儚さを超えた、力強さとたくましさを遠藤理子の表現から受け取ることができる。
彼女は今、とても強く大きくなった…
そう実感させる映像だ。
現時点で公開されている3曲。
いづれも三期生センターで、その底流には共通する表現の方向性を意識させる。
私は、この音楽の構成の基軸と流れを大いに支持したい。
残念ながら小田倉麗奈は参加していないが、処々に彼女の姿を見たような感触がある。
彼女を加えた11人でのパフォーマンスが来る日を願いつつ、先ずは来月のアニラで披露されるであろうこの曲を期待して待ちたい。
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最後に、あくまで私自身のインスピレーションとして〜とお断りをしておくが、私がこの『本質的なこと』を初めて聴いた時にイメージした曲がある。
もちろん、そのスケールも時代背景も違うのだが、何故か連想したのは10ccの『I'm Not in Love』だった…