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『IT'LL END IN TEARS』THIS MORTAL COIL

【私の音楽履歴書】 # 27 THIS MORTAL COIL

4AD(フォーエーディー) というイギリスのレコードレーベルがある。1979年に設立されて現在でも存続しているらしい。らしい〜というのは、私にとっては過去の一定の時期(80年代から90年代初頭)での刹那の輝きこそ全てであったからで、アメリカ西海岸に本拠を置くという現在は、申し訳ないが特に情報も興味もないからである。

レーベルオーナーのアイヴォ・ワッツ=ラッセル(以下アイヴォ) が中心となってプロデュース制作された作品群は、彼の音楽的趣向を忠実に具現化したものと言っていいものだった。
なかでも私が好きなのが『THIS MORTAL COIL』(ディスモータルコイル/ジスモータルコイル) だ。
これはグループ名ではなく、アルバム等作品づくりの度に招集された音楽ユニットの総体としての名前である。
そして、シェイクスピアのハムレットの有名な一節から引用されたものと当時から言われていた。
「shuffle off this mortal coil」〜「この世の煩わしさから逃れる」…これはある意味「死」を表現しているとも言われている。
本作の発表当時は「浮世の煩わしさ」と訳されていた。
4ADのデザインを手掛けていた『23envelope』の幻想的で時に猟奇的なアートワークも、その独特の世界観を表現するのに大きな役割を果たしていた。

イギリスでVirginレコードから発売された本作は、日本では、邦題として『涙の終結』と題され、LP盤は84年に東芝EMI(当時)から発売された。
CD盤は87年に日本コロムビアから発売されている。

『IT'LL END IN TEARS』


一般的にインターネットの黎明期と呼ぶにはまだまだ早いこの時代に、私のアルバムを選ぶ基準は既にお気に入りのミュージシャンならともかく、いわゆる「初物」は音楽雑誌各誌で、私自身がシンパシーを感じ信頼の置けるミュージシャンや音楽評論家が好意的に取り挙げる作品を選別・吟味するところから始まった。youtubeもサブスクもない時代で、注ぎ込むお金も限られる若造では、半ばギャンブルに近いものでもあった。もちろん当たり外れはありながらも、色々な音楽を文字通り楽しんで聴いてきたとは思っている。

その中の一枚が本作である。
80年代における、私のアルバムベスト3は、ロキシー・ミュージックの『AVALON』、ザ・ポリースの『Synchronicity』とこれだ。それだけ想い入れも強い作品である。
ブリティッシュロックに造詣の深い音楽評論家の赤岩和美氏による発売当時のLPライナーノーツに拠れば…
This Mortal Coil (以下TMC)〜

最初のTMCプロジェクトが組まれたのは、実は本作に於いてではなく、83年の秋に発表された“This Mortal Coil”と題された12インチEPに於いてであった。コクトー・ツインズのエリザベス・フレーザーとロビン・ガスリー、モダン・イングリッシュのマイケル・コンロイとゲイリー・マクドウェル、シンディトークのゴードン・シャープ、カラー・ボックスのマーティン・ヤングという計6人のコラボレーションによるTMCは、モダン・イングリッシュのオリジナル曲「シックスティーン・デイズ」と「ギャザリング・ダスト」に、ティム・バックリーの「警告の歌」の各々のカヴァー曲を取り挙げ、同EPに収録した。このEPは83年11月5日付けのNME紙のインディーズ・チャートで、ニュー・オーダーの「ブルー・マンディ」に替わって首位を獲得、以後、約半年に渡ってベスト5の位置をキープし続けるヒットとなり、特に「警告の歌」のエリザベス・フレーザーの歌声は、ボーイ・ジョージやアン・レノックスといった人気シンガーたちの間でも評判を呼んでいる。これを契機にコクトー・ツインズの人気もグングンと上昇し、84年2月のザ・スミスの異常人気によるインディーズ・チャート上位独占騒動の中で、1位・2位・5位とザ・スミスが占める中、3位にコクトー・トゥインズ、4位にTMCが割って入り、不動のまま約1か月以上も同位置をキープしたこともあった。
こうして、12インチEPによる成功は、TMCの第2弾コラボレーションを生むことになり、シンディ・トークのゴードン・シャープとコクトー・ツインズの新メンバー、サイモン・レイモンドらによる「カンガルー」、そして、初のアルバムである本作へとスケール・アップしてきたのである。

『涙の終結』赤岩和美氏によるライナーノーツより一部抜粋

文中に出てくるアニー・レノックス(アン・レノックス) の属するユーリズミックスの当時の人気は絶頂と言ってもいい時期であったので、彼女が注目したというコクトー・ツインズにも大いなる関心を持っていた。

全12曲の内訳は、アイヴォの選曲による6曲のカヴァー。それらのカヴァー・バージョンの解釈を暗示する付帯的な4曲。そして、デッド・カン・ダンスのリサ・ジェラードが自分のバンドでは不向きと判断した2曲のオリジナル〜という3つの柱があるという。


『KANGAROO』

vo: GORDON SHARP
ba.ag.dx7: SIMON RAYMONDE
cello: MARTIN McGARRICK

一曲目でアルバムのコンセプトを知ることはよくある。ここでもそうだろう。アレックス・チルトンのカヴァー。

『SONG TO THE SIREN』(警告の歌)

vo: ELIZABETH FRASER
gt: ROBIN GUTHRIE

アイヴォの愛聴曲の一つだったという、ティム・バックリーの作品のカヴァー。
カルトシンガーと言われた彼のオリジナルを当時、聴いてみたが本作とは印象が違っていた。ちなみにオリジナルは今でも数本の動画がyoutubeに挙がっている。
後にデヴィッド・リンチ監督の『ロスト・ハイウェイ』(97)の挿入歌にも採用されているが、デヴィッド・リンチは先に『ツイン・ピークス』(90)でも採用しようとするも、ティム・バックリーの権利者側との権利関係で折り合いがつかず、それは頓挫したという。それがどういう経過でクリアされたのかは知る由もないが、ロスト・ハイウェイでは受け入れられた。仕方なくなのかどうかは不明だが、ツイン・ピークスのドラマサントラは、かなり似せたコンセプトの音楽で構成している。

『THE LAST RAY』

ba: SIMON RAYMONDE
eg.ag: ROBIN GUTHRIE

コクトー・ツインズの二人によるインストゥルメンタル。
LPではA面最後の曲になり、アウトロエンディングに男性の声で、“I want you…”と入るところが、何とも物哀しかった。

『ANOTHER DAY』

vo: ELIZABETH FRASER
violin.viola: GINI BALL
cello.strings arrangement: MARTIN McGARRICK

これもエリザベスの歌声が印象的なロイ・ハーパーのカヴァー。

『A SINGLE WISH』

vo: GORDON SHARP
piano: STEVEN YOUNG
gizmo.dx7: SIMON RAYMONDE

アルバムのラストを飾るに相応しい幽玄かつ静謐な作品。
“It'll end in tears…”との囁きから冒頭『KANGAROO』
に帰ろうとする終わりなき連環を思わせるものになっている。

THIS MORTAL COILはその後『filigree and shadow』(銀細工とシャドー/86) 『Blood』(激情/91) の二作品を発表し、その活動は一旦の終焉を迎える。この三部作の、通底するテーマは日本でいうところの“諸行無常”と言える。
伝統的なケルト・ゲール音楽や讃美歌の流れを受けながらも、後に「ヒロシマ」などの日本発のテーマも組み込んでくることになる。このプロジェクトは壮大なものであった。
後の二作は機会をあらためて取り挙げていきたい。


本文で触れた関連の二曲を紹介して、この稿を終えることとする。


『PANDORA』COCTEAU TWINS

コクトー・ツインズ3rdアルバム『Treasure』(84)から。私にとっての彼らのベスト曲。
呪文のような歌唱法で文法として成立しているのかどうかもわからない。訊くところによるとエリザベスはアドリブで謳っていたという説もあった。
歌詞カードは「アーティストの意向」として貼付されてなく、言わば、それを一つのスタイルとしていた。
エリザベスの澄みきった歌声とロビンのエフェクターを効かせまくったギター、そしてモノトーンなドラムマシーン。これらが掛け合わされて独特の世界観を創っていた。

『Falling』 TWIN PEAKS ORIGINAL SOUNDTRACK

『ツイン・ピークス』のオリジナル・サウンドトラックから、昨年お亡くなりになったジュリー・クルーズが謳うテーマ曲の『Falling』を。
イントロからのシンセベースが、余りに本編作品のイメージを固めてしまっている。

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