【Her Odyssey】20日目
『スペードのジャック』
道を外れ、ボクは雑木林に足を踏み入れた。しばらく行くと開けた場所に出る。
ぽつぽつと建造物があるようだったが、触れてみるとそのどれもが朽ちている。集落跡というには狭いが、廃屋という感じではない。多分、城のようなものがあったのだろうと思った。
不思議な空気だった。ボクは周囲を調べながら、城の奥へと入ってみる。
その時だ。ふと、語りかけてくる声を聞いてボクは足を止めた。
声のした方向を探ろうとして、気付く。その声は多分ボクの頭の中でしているんだ。
『よくここまで来たね。シャルム』
それはボクの名を呼んだ。視界が暗いのはいつものことで、なのに今は妙に不安な気分になる。周囲の音をよく聞いて少しでも備えるけど、それが備えになるのかすらわからない。
声はボクに向かって喋り続ける。淡々と、冷たい声で。
『気付いているかな。魔術師の君が思うよりずっと、人と精霊の道は分かたれてしまっている。薄々気付いているだろう? 今後はもっともっと、両者は交わらないものになっていくよ』
「あの子供の病気も、そのせいなの? 精霊が人に牙を剥いている?」
『そうだとして、君は如何する? 魔術師たる君はどちら側の肩を持つのかな』
「……」
これは良くない誘いだ。不必要に不安を煽り、疑心を植え付けてものの見え方を変えてしまう類いの呪いだ。ボクは想いを強く持とうと唇を噛んだ。この冷たいものは、ボクの内から頭をもたげ此方を見ている。
しかし、ギリギリのところでボクはこの言葉を振り払うことができなかった。
疑惑の種は確かに撒かれ、ボクの心に根を張ったようだ。気がつくと冷や汗をかいて、ボクは立ち尽くしていた。足下にすり寄るキィ君が、心配そうに鳴いていた。