![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/115858839/rectangle_large_type_2_1f9d879ef6c824d09bec9b90dd778e78.png?width=1200)
【ケダモノオペラ/SS】サクリファイス
闇の森には、うずたかく積み上げられた巨大な岩場がある。只人の訪れを拒むような高さのそれを登り切った時、その人間は神に認められ賢者となるのだ。賢者は人知を超える知識で村に寄与し、そうして村はより長い時を栄えるのだと――それは、俺の村では幼子でも諳んじられるほど当たり前に存在する言い伝えであった。
結局のところ、言い伝えは恐らく真実ではないだろう。岩場に向かった者は、俺の知る限り誰一人として村に帰っては来なかった。では何故、村が岩場へと村人を送るのか。
俺の村はとても貧しい。故に単なる口減らしか、豊穣の神への生け贄か。どうもそのあたりではないかと勘案しながら、俺はごつごつした岩肌を掴み、己の身体を上へと引き上げた。
賢者が本当に言い伝えの通りであれば、それは最早英雄にも等しい。であれば当然、英雄に相応しいものが選ばれて然るべきだ。少なくとも俺ではあるまい。生まれつき目が見えず、村の穀潰しのような俺を飾り立てて送り出した時点で、そういうことだと嫌でも理解できてしまう。
俺はひたすらに岩を登る。指が擦り剥け、爪が割れても暗い闇の中を登っていく。帰る場所などないのだから進むしか道はない。視力の無い俺にしてみれば、触れられる範囲に岩があるだけでただの道よりよほど明るい。
やがて掴む岩がなくなったのに気づき、俺は頂上へとこの身を投げ出した。ついに登り終えたのだ。身体中が軋み、どれだけ深く呼吸をしても空気が足りない。ぜいぜいと息を荒げ見上げた空は、俺の目にはいつも通りの黒一色だ。
「ああ、来たね。待ってたよ」
息も絶え絶えな俺の耳に、ふとそんな声が聞こえた。否、それは『声』などではなく、俺の心に直接語りかけるようなものだったのかもしれないが。
「君が来るのを見たのは百年ほど前だ。そう考えると結構待ったね。君を次の契約者として迎えよう」
最悪の答え合わせだった。どうやら俺は口減らしではなく、生け贄の方であったらしい。百年? 契約? 一体何の話だ。満身創痍の俺の耳に翼が風を切るような轟音が届く。
「ああ君、夢を渡るのか。面白いね。これは歴代の契約者のなかでも初めてのことだ」
「待ってくれ……待って。話に全くついていけない」
俺は頭を抱えた。俺は今、一体何と会話をしている?
目の前に居るらしきそれは、どうやら小さく笑ったようだった。冷たく、穏やかな声が脳裏に響く。
「じきに理解るよ。君は私の初めての共存個体になるだろう。ああ、その目は不便だね。それは治そう」
その言葉と同時に、俺の視界が唐突に色付いた。頭が割れんばかりの情報量と眩しさに足がふらつき、立っていられない。何だ? 何が起きている? 俺よりもずっと大きな異形は、自身の巨大な三本爪をこちらへと差し出す。
「宜しくね、ヴィカ――そう、君はヴィカだよ。七代目の神の代理。賢者となるもの。共にこの世界を見定めようじゃないか。この世界に、私が救う価値があるのかどうか」
頭の中はもうめちゃくちゃだったが、それでも俺は手を伸ばした。だって帰る場所などすでに何処にもないのだし、あったところで逃げられやしまい。
「救う価値が、あるのかどうか?」
「それは君が決めれば良い」
俺が掴んだそれは果たして、超常の善か、諸悪の根源か。
事前作成の伝説用のSS(*ˊ˘ˋ*)
『英雄は負け知らず』に行ってきます。