見出し画像

【Her Odyssey】26日目

『ハートの8』

 鯨は賢い生き物だから、船が彼らに衝突することないのだと聞いている。
 背に降り立ったボクは、深く突き立った槍の一本に気がついた。この鯨がどこか動揺している様相なのもこれが原因か。

「まずいな。すぐ治療しよう……」

 船が来るまでにできることといえば応急処置と痛み止めくらいだろうが、ボクは集中して作業に取りかかる。
 一生懸命行った。焦りすぎていて何が何だかわからないくらい。
 痛み止めの薬草が効いたのか落ち着いてくれた鯨へ、ボクは話しかける。

「ごめんね。とりあえずここを退いて欲しいんだ。治療はゆっくり続けられるから」

 鯨は高い音で応えるように一鳴きすると、船の海路を避けて移動してくれた。
 船がすれ違いざま、乗組員達が挨拶をかけてくれた。

「少しだけになるが、ここで碇を下ろして待つかい?」

 そう聞いてくれた乗組員へ、ボクは首を振る。

「大丈夫。どれくらいかかるかわからないしね」
「そうかい。じゃあ、運が良ければまた会おう。帰りの船もあるしな」

 実際のところ提案はありがたかったけど、鯨の方も心配だ。それに、ボクは鯨の現状への興味も捨てられなかった。
 どうして槍が刺さってしまっていたのか。ボクの力で楽にしてあげることはできるのか。何か聞けることはないか――とか。
 今日のところは鯨の背中で一泊、ということになりそうだ。