【Her Odyssey】13日目
『スペードの4』
悪戯精霊たちを振り切ったボクは今、砂漠地帯を歩いている。
殊に魔術師の間では、砂漠は『大地の死骸』と呼ばれる。つまるところ、精霊の加護を失った地ということだ。
精霊のいないここでは魔術があまり効果を発揮しない。強い陽射しによってじりじり焼かれた砂は熱くて歩きにくいし、水源が見つけにくいことも良くなかった。
荷物を幾つか捨てて歩きたいくらいだが、精霊の加護がないと言うことは夜が酷く冷える可能性もあるということだ。
「うーん、厳しい。焼け石に水かもしれないけど、靴は新調しておこうか……」
革袋を幾つかばらして、熱い地面を歩き続けても熱を通しにくく、砂が入ってこない良い靴を作る。工作は存外に上手くいった。
しばらく砂地を歩いていると、頭の上にいたキィ君が何度か鳴いた。周囲を確認すると、呻き声がする。
慌てて駆けつけてみると、どうやら旅人が一人怪我をしているらしかった。
「いやはや助かりました。旅に慣れぬもので……」
魔術は……やはりあまり効果がなかったから、ボクは簡単に応急処置を施してあげた。
「初めての旅で大地の死骸はきつかったね。おつかれさまだ。ボクと反対の方向に向かっているなら、もうすぐ抜けられると思うけど」
「お恥ずかしい。履いていた靴もあまり丈夫ではなかったようで、すっかり駄目にしてしまいました」
こうなっては仕方ない。ボクは作りたての靴を、彼に分けてあげることにする。
代わりに、男とは少しだけ会話をした。ここのところ人間と会話をする機会がない日続きだったからか、気持ちはずっと元気になれた。
男は大地の死骸にあるオアシスで生まれたそうだ。砂地の外側が見たくて旅を始めたらしい。
「もし、オアシスへ寄ることがあればこれを。あの場所は手形がなければ入れないのです」
「いいの? ありがたいな。でも、そうしたら君は困らない?」
「ええ。私があの場所に戻ることはないですから」
達者でねと伝え、ボク達は彼に手を振り別れる。
願わくば彼の旅が、実りあるものになるといいなと思った。