認知的共感と情動的共感
この記事は1068文字です。
看護師により必要とされる「共感」は
Empathy(共感) > Sympathy(同情)
だと教わったことがあります。
患者・家族対応だけでなく、指導者としてもカギとなる言葉だそうです。
その「共感」についてさらに考える機会がありました。
先日聞いていたNバクさんのYouTube音声で、
認知的共感と情動的共感について発信されていました。
(12:12~「極めるべきは真の『共感スキル』」参照)
共感には2種類あり、Nバクさんは以下のように説明しています。
認知的共感
心からの共感。実体験に基づいている。感情が動く。
共感する側の負担がなく、話を聞いているだけで最高品質の共感を相手に届けられる。
【例】「これおいしいよね、わかる~!私も食べたよ!」
「激しく同意」
情動的共感
実体験がない。想像して理解し、相手の言っていることを受け止める。
頭を使って共感するぶん、共感する側はエネルギーを要する。
【例】「わかる~!」とならない。マラソンを完走したときの気持ちよさ、登山の気持ちよさや感動は、マラソンも登山もしない人にはわからない。
字面だけ見ると、情動的共感ができる方が
よさそうな気がしませんか?
しかしNバクさんは
前者の共感力を高める方が「100倍大事なんじゃないか」と言っています。
私も同意見です。
情動的共感ももちろん必要だと思いますが、
心から「わかる~!」となることなんてそうありません。
たとえ同じ経験をしていても、私はその人にはなれません。
性格も、経験も、家族も、社会的立場も、好きな食べ物も違います。
「わかる~!」と思ってもいないことを
「わかる~!」と言えません。嘘はつけません。
情動的共感力も必要だとは思いますが、
情動任せでは看護はできません。
認知的共感では、
相手の不安は不安として受け止める。
そこから、何が不安なのか、表情や言動、
不安の対象となる出来事や現在置かれた状況を把握する。
これらは頭を使って共感している作業で、
科学的根拠に基づいて判断・行動する医療者には必要なことです。
患者さんやご家族とお話していて
情動的共感には至らない場面があって、
私は冷たい人間なのか、共感力がない人間ないのかと思ったことがあり、
Nバクさんの意見を聞いてなるほど~と思いました。
看護学生時代、実習先の病院で
「冷たいアタマと熱いハート」と言われたのも
両者をうまく使う共感が大事ということなのでしょうか。
日常生活でも鍛えられるスキルなので
意識してみようと思います。
お読みくださりありがとうございました。
■ Nバクさんのnote