昭和の福井駅前映画館
自分は1967年生まれ。昭和の人だ。
大学入学まで福井で育った。叔父が映画館の支配人だった為、映画鑑賞が最大の娯楽だった少年時代。
大学時代は横浜に住んでいたが、この頃も映画は結構楽しんだ。しかし社会人になると、すっかり足が遠のいた。
年間数十本観ていた本数が、数本程度。全く観ない年もあったかも。
最近自主制作映画に関わる事があって、また少し観る機会が増えた。映画好きの友人知人も出来た。しかし彼等は自分より若い世代。自分が良く知る80年代辺りの映画は、あまり知らない。ましてや70年代となると歴史的な話みたいだ。
自分が子供の頃、福井駅前の映画館は最大のレジャーランドだった。自分より4歳若い映画好きの人に、その話をしてみた。驚いた事に彼は当時の映画館を知らないのだ。
今駅前には、テアトルサンク1,2,3,4,5とメトロ劇場がある。しかし自分が小学生位だと、放送会館、テアトル福井、スカラ座、ピカデリー、松竹座、東映、東宝、メトロ劇場があった。
1970年代の終わりに、テアトル、スカラ座、ピカデリー、松竹座は隣接した西武デパートと同じ時期に建て替えられた。この4館は伊井興業が経営。建て替えの際、だるまやデパートがだるまや西武と名称も変わった。その後だるまやの名前は消え、今の西武となる。
件の4歳若い彼が小学生に上がって間もなくの話だ。記憶にないのも仕方ない。
テアトルは元の場所に新築。ピカデリーは無くなった。電車通りに面した西武西側に建っていた。松竹座とスカラ座はアップルビルになり、そこの4階がシネマプラザ、5階が松竹座としてリニューアル。かつては地下がスカラ座、1階が松竹座だった。
伊井興業の映画館は4館から3館となった。
先日、自分より少し年配の映画好きな方に、ようやくこの話が通じた。嬉しいと言うか、ホッとした。
福井駅前の映画館の遍歴も、こうして書いて残さないと、忘れ去られる。実際ネットで検索しても、福井のスカラ座とピカデリーの情報はゼロに等しかった。
伊井興業の映画館は更に90年代末に大きく改変。テアトル福井をテアトルサンク1,2,3とスクリーン数を増やしてリニューアル。松竹座とシネマプラザもテアトルサンク4,5と名前を変えた。
放送会館は80年代に改装。FBCシアターとして再出発。しかし2000年代に入って早々に閉館。
加賀産業経営の東映、東宝は、70年代末頃、東映が建っていた場所に新築されたビルへ移る。1階が東映、2が東宝。更にその上の階に東映パラスが入った。かつての東宝がみゆき座として再オープン。90年代に東映東宝は福井シネマ1,2と名前を変える。みゆき座は新築され、福井シネマ3,4になった。しかし2018年、4館全てが閉館。現在跡地には北國銀行が建つ。
メトロ劇場が唯一、ほぼ当時のまま営業されている。
因みに80年代には福宝会館、福宝劇場というポルノ映画館もあった。残念ながら観に行く機会がなかった。