フランスにおけるライシテとは何か?学校におけるライシテ(laïcité)憲章
シャルリー・エブド襲撃テロ事件の犯人の兄弟の一人は、市役所に「ゴミ分別大使」として雇用されていたことがあります。各戸をまわって、ゴミの分別について説明してまわる仕事です。しかし彼は職場に祈祷用絨毯を持ち込み、お祈りの時間には仕事を放ってお祈りに入ってしまうし、女性とは握手したがらないなど、問題行動とみなされることを繰り返し、職場の上司も職場に「ライシテ憲章」(後述)などを貼ってみたりして感化に勤めたものの、勤務態度は改まらず、ついに解雇に至ったということです。
フランス共和国ではその共和国理念の一つである「自由」のために信教の自由は一応保証されてます。しかし、共和国的精神においては、基本、宗教イコール蒙昧主義・反啓蒙主義ととらえているので、公立校や国と提携契約がある私立校においては宗教禁止、宗教的な属性を顕示するような印や服装は国レベルで公式に禁止されています。
つまり、公立校では先生も生徒も、イスラム教徒のスカーフやヴェールも禁止ですし、対象はイスラム教にとどまらず、ロザリオや十字架ペンダントなども禁止です。
現実のところ、イスラム教徒のヴェールやスカーフには、より厳しい視線と態度が取られますが、あまり目立たない小さな十字架のネックレスなんかはつけている子はたまにいて、こちらは見てみないふりか、スカーフやヴェールほど目立たないので本当に気がついてないかのどちらかだと思います。勿論、キリスト教を示すようなアクセサリも平等に取り締まる先生はたくさんいます。公立校教師は宗教自体を基本無知に繋がる悪いものと見ている無神論者がほとんどです。
私は女性が強制されてるわけでなく好きでしてる服装にケチをつけること自体がセクハラではないかとつい思ってしまいますが、少なくともフランスにおいては、そういう視点は共和国的フランス人にはざっくりと欠如しているし、猛烈に却下されます。
おっさんばかりが路上に昼間からたむろってるアラブ人アフリカ人だの多い地区に行くと若い女の子なんか膝丈スカート履いてるだけで複数の人たちに揶揄されたり絡まれたり嫌がらせされます。これを非難するのであれば、フランス共和国人がムスリム女性のかぶってるスカーフを学校でネチネチいって脱がせようとするのもそれと同じではないかと、思ったりもしますが…(私の個人的な意見です)
…しかしそこを「 いや、同じじゃないよ! 」と正当化できるように、教育現場などには「ライシテ憲章」がばーんと貼ってあるのです。
ライシテ(名詞)、ライック(形容詞)という言葉は辞書をひくと、「世俗性、政教分離、非宗教的」などといった日本語で説明されていますが、ざっくり肝腎な部分だけ言葉でさらうと「宗教をもちこまないこと」という意味です。非常に日本語に訳しにくい言葉なので、ここではフランス語を「ライシテ」「ライック」とカタカナしてそのまま使います。
「学校におけるライシテ憲章」は、フランス全領土の学校(公立校、およびび国と提携契約のある私立校)の教職員、生徒、教育関係者全体のために、「ライシテとは何か」を、共和国のその他の価値観(自由・平等・博愛)との関わりにおいてわかりやすい言葉で説明したものです。
「え?信教の自由や表現の自由を保証してるのに、学校でヴェールは禁止なんて、自由の理念とライシテの理念は矛盾するのでは?」という普通に湧いてくる疑問に対しては、ライシテ憲章では「生徒が勧誘(宗教的・政治的・思想的な勧誘を意味しています)などに影響されず、多様な世界観の存在を客観的に見て、自分で自由に自分の信条や信仰を選べるように」学校は宗教を持ち込まない場にしましょう、といった具合にがっつり説明されてます。
私みたいなとくに宗教や信条があるわけでもないけど共和国的なセンスもない典型的な日本人には、一読するとかなり頑張って屁理屈こねてる感が否めないですが、一方で、フランスでは島国文化的「法律で書いてなくても常識で判断するだろ?」ってのがあまりないため、こういう規則やルールをつくって押し付けないとカオスになるから、そういう意味で必要があるのだろうなと推測しています。
パリ18区のバルベスというムスリムの多い地区に住んでいた友人は、「家を出る時と帰るときの時間に気をつけないと、建物の中庭でムスリムの人たちが絨毯ひいてみんなでお祈りしていて、お祈りしてるところを間を縫って通るのもはばかられ、通れない日がある」といってました。
フランスのムスリム社会の人たちの共存ルールがどういうロジックで動いているかは私は正直よくわかってないのですが、共和国的なフランス人と同じ行動パターンだとすれば、国と教育省が学校がライシテ憲章の遵守を義務づけないと、ムスリムの人数が多いところなどでは「お祈りの時間と場所と、お祈り用絨毯をしまっておく場所を確保して欲しい」ということになりかねないかと想像します。
「そんなものいちいち規則や法律に書いてなくたって人の迷惑を考えれば常識の範囲だろ!」と思うのは日本(や多分イギリスなど)にある島国文化的共存論理。共和国精神で行動する共和国人は、基本この手の「常識」などのもやもやしたものに縛られて行動する人は少ない。
だからといってフランス人の全部が全部そうなわけではありませんが、
自分が落としたものでなくても床に落ちているゴミを発見したら拾ってゴミ箱に入れるなどといった、「法律には書いてなくても常識や良識で」という行動ができるフランス人は、信心深いというわけではなくても、中高は地方のカトリック私立で、一応洗礼受けて結婚式は教会、みたいな人に多い印象です。
フランスの幼稚園・小学校・コレージュ・リセなどの教育現場では、教育法により、共和国のシンボルである
-フランス三色旗
-自由・平等・博愛の標語
-1978年8月26日の人権および市民権宣言
に加え、このライシテ憲章のポスターを「よく見えるところに」に貼っておくように義務づけられ、指導されています。新学期の親への説明会の時も親に対してライシテ憲章を紹介・説明するようにとのことです。
最初の5条では共和国の基本理念とそこにおけるライシテの位置や意味を、続く10条では学校におけるライシテとは何かを説明しています。
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原文:フランス教育省のサイトより
Charte de la laïcité à l'École
学校におけるライシテ憲章
国は、学校に、共和国の価値観を生徒たちに共有させる任務を託すものとします。
共和国はライック(訳注「ライシテ」の形容詞)です。
第1条
フランスは、一にして不可分であり、そして、ライックで民主主義的で社会的な共和国です。共和国は、全領土の全ての市民に対し、法の下に平等を保証し、あらゆる信仰を尊重します。
第2条
ライックな共和国は政教分離をうちたてています。国は、宗教的精神的信条にたいしては中立的な立場をとります。国教は存在しません。
第3条
ライシテは全ての人に対し信教の自由を保証します。各人は、信じるも信じないも自由なのです。ライシテのおかげで、他人の信条を尊重し公共の秩序に触れぬ限りにおいて、各自が自分の信条を自由に表現できます。
第4条
ライシテのおかげで、全体の利益を考えつつ、各人の自由と、全ての人間の平等と博愛を両立させながら、市民権が行使できます。
第5条
共和国は、教育機関において、これらの原則の一つ一つが尊重されることを保証します。
学校はライックです。
第6条
学校におけるライシテは、生徒に、人格を形成し、自由意思を行使し、市民権の学習をするための環境を提供してくれます。そして、生徒達が自分で選択できることを阻むようなあらゆる勧誘(訳注:思想的政治的宗教的な勧誘のこと)や圧力から生徒を守ります。
第7条.
ライシテにより、生徒は、皆で分(わか)つ一にして共通の文化に接することができます。
第8条
ライシテは、共和国の価値観や、複数の信条が存在することに対する尊重、学校の機能を阻害しない範囲において、表現の自由を生徒たちが行使できるようにします。
第9条
ライシテは、あらゆる暴力と差別の拒否を前提とし、男女平等を保証し、他者を尊重し理解する文化を礎にしています。
第10条
全教職員は、ライシテの意味と価値、その他の共和国の基本的な原理を生徒に伝える役を担っています。教職員は、学校という枠においてライシテが適用されているか注意するものとします。生徒の親にこのライシテ憲章について知らせるのは教職員の義務です。
第11条
教職員には、厳格に中立である義務があります。教職員は、職務を施行するにあたり、自分の政治的、宗教的信条を顕してはいけません。
第12条
学校で与えられる教育はライックなものとします。生徒達が、種々の世界観の多様性および学問の範囲・精度に対して、できるかぎり客観的な態度で接することができるよう、 どんな主題も、科学的もしくは教育上の問題提起から除外されてはいけないというのが前提です。いかなる生徒も、カリキュラムに組まれたテーマを扱う教師の権利に抗議するにあたり、宗教的もしくは政治的信条を援用してはなりません。
第13条
何者も、自分の宗教を理由に、共和国の学校に適用されている規則の遵守を拒否してはなりません。
第14条
公立教育施設で、内規が定める様々なスペースでの生活ルールはライシテを尊重したものです。生徒がそれによってあからさまに(ostensiblement)宗教的属性を顕示するような印や服装は禁じられています。
第15条
生徒たちは、自分たちの思考と活動を通し、自分たちの施設でライシテが維持できるように貢献するものとします。
全訳以上。翻訳協力:甘木(@mutumigoe)氏
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