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同じ人の夢をみる(Ⅱ)

「彼」とは誰だろう

彼の夢を見るようになったのは、別れてから10年もたった頃。

はじめはどうして今頃?
と思った。

未練があるなら、もっと前から見ていてもいいはずだ。
だから、はじめは懐かしい夢を見たなくらいの感想だった。

でも、あまりにも頻繁に(1ヶ月に1回くらい)見るのと、お互いに少しずつ成長しているような感じがあったので、これは面白い現象だなと思って夢観察をしていた。

その頃はスピリチュアルのスの字も気にしたことがなかったし、
魂がどうのとかもあまり考えたこともなかった。

むしろフロイトやユングの心理分析的に考えていた。

これは自分の内心の投影のようなものだろうか、
何を比喩として現れているのだろうか。

「彼」はどういう意味だろうか、と考えていた。

若かったし、現実問題でいろいろなことがあるし、
ふだん彼の思い出に感傷することもほとんどなく、忙しく過ごしていた。

だけど、彼の夢をみると半日は心地よい空気感に満たされる。

それはそれで、今日はラッキーな夢見たなぁ程度にさらりと受け流していた。

そんな感じであっという間に何十年もすぎて、
そのうちに、やっと少しずつスピリチュアルな言葉を覚えていった。

さすがにツインソウルとは思わなかったけど、
(魂が分かれるってどうもぴんと来なくて)
もしかしたらハイヤーセルフだったりして、
ハイヤーセルフとつかず離れず、みたいなことかしら?的なセンも考えていた。

それにべつに、ふだんこの夢のことばかり考えているわけではない。

不思議なビジョン


それとはべつに
いつの頃からか、不思議なビジョン?のようなものや、
フレーズが頭の端によぎるようになった。

ビジョンは断片的だった。
あまりに小間切れなのではじめは全然つながらなかった。

縁側だったり畳の部屋だったり、畳の縁だったり、古い街の様子だったり。
薄ピンク色の着物、着物姿の男性、ほかにもバラバラに断片的に。

それと繰り返す「油断した」というフレーズ。

そんなアイテムが少しずつ出揃ってきたころ、ふと思った。
もしかして、誰かの記憶なのだろうか?

例えば前世のような?

そう思ってなんとなくiPadのメモパッドを開いて、唯一の言葉であるフレーズ、
「油断した」という文字を書いてみた。

書き出したら、手が勝手にそのまま一気に主人公「私」という女性の手記のようなものを書き始めた。

小説のような文体で、手は勝手にさらさらと文字を綴っていく。

こっちの私自身は勝手に書かれていく文章を後追いする感じで

(何を油断したんだろう?)

と、
ペンを走らせながら考えていた。

(どんな展開なの、なんなのこの人?)
(なんで急に書きたくなったんだろう、これは私の文章?)

でも、手は止まらないし
続きが気になるし、ま、いっかと書いてたら、あっという間に三万文字くらいになっていた。 

この「私」という女性とある男性との半生のような文章、物語。

前半は、「うんうん、わかるーその気持ち、それで?」とか読んでいたが、
途中で流れが一転し、心の闇が描かれていく。
手が動くとは言っても文字にするのを躊躇われるような表現。

そして、身体から意識が離れたり融合したりとかいう、ちょっと不思議な話し。
わけわからないところもあったし、
そのうち読み返してちゃんとまとめようと思って放置した。

この間、なんとなくこの文章を読み返していたら
私がよく見る「彼」の夢とも少しリンクした部分があった。
(前半だけ)

三万文字は書けないのでダイジェスト。

ある女性の手記

どうやらこの女性は戦前に若き日を過ごしたよう。
昭和初期と思われる。

年齢は二十歳前後。
実家の別邸という小さな家に療養兼ねてひとりで暮らしていた。

彼女には昔から幼馴染みで好きな男性がいる。

着流しの着物姿、長身、作家の風体、
飄々とした気軽な感じと気難しい哲学的な思考ももつ。
捉えどころのない彼になぜか理屈抜きに惹かれていく。

この女性は、柔らかな物腰、でもとても芯のある感じ。
自分のことも、自分のことも、心の奥の本質を見てるようだった。

ほかの男性から好意を寄せられることも多かった。

意中の彼とはつかず離れず、お互いに子どものように純心に振る舞っていたが
どこかもどかしさもあった。
お互いに気持ちが通じてるようで、掴めないもどかしさ。

彼女も年ごろになり、周りからそろそろ結婚しないのかと言われることも多くなる。

その頃。
ある男性から求婚される。

その人は仏のような心の持ち主で、彼女を心から崇拝し理解し、
もし自分が断られたとしても、自分より彼女の幸せを優先にと本気で願うような誠実な人柄だった。

理性(と彼女は言っていたがエゴのこと)では、この人と一緒になれば幸せになるはず、決めてしまおうかとすら思った。

しかし、相手のあまりにも真摯な姿に、自分も真摯になろう誠実であろうと、
自分の気持ちを確信するために、彼に会い気持ちを伝える覚悟をした。

ある夜、彼に会いにいく。
春の夜の散歩道、言いたいことがうまく言えず黙って歩く二人。

バス停のベンチで話をする。
彼は求婚のことを察していていて、自分は身をひくつもりでいた。

やっと声が出た時、出た言葉はなぜか

「身をひくというより
私から逃げるの?」

「あいつの方がいいよ、俺なんかより」

こんな不毛な会話になってしまう。

違う。
これはお互いに本心ではない、
虚構の言葉だ。

そんな言葉のやりとりの中に、意味はない。
言葉は何も本心など語られていない、と彼女は気づく。
口は勝手に喋るけど、その言葉の無意味さに気づいた。
言葉なんかどうでもいいと思った。

言葉を超えたとき、本当の気持ちに気づいた。
お互いの愛があたりに一面に溶けていくような空気感が澄み渡った。

優しくて心地よい。
不思議な感覚におちいった。

この人はもうひとりの自分であるという確信。
それは彼も同様に確信した。

彼女は求婚を断って、彼と一緒に慎ましく穏やかに生きようと決めた。

「油断した」というのは、その後のこと。

彼女はこのフレーズを何度か入れるが、なかなかその核心に迫らない。
やっとこの段階になって手のスピードが落ちる。

しばらく待つと、また手が動いた。ためらうようだった。 


思わぬ出来事と背徳心


彼とのことがまとまりかけ、求婚のお断りのことや、実家への連絡のことなど、
どう段取りすればいいのかで頭がいっぱいだった。

やるべきことは山積みだったが、心は満ち足りていた。
一番欲しいもの、それだけがあるなら大丈夫だ。

ちょっと浮かれていた。
少し用心に隙があったのかもしれない。

そんな時だった。

その心の隙をついてか、彼女は出入りの商売人から暴行を受けてしまう。
しかも二人。

見知りの人だったし、信頼していたので、油断したのだ。

怖さより自分に何が起きてるのか咄嗟に理解できなかった。
声を出せないように猿轡と両手を縛られた。
(この辺りの描写が、ちょっと…リアルというか官能的すぎてとても転載できません。しかし彼女はたんたんと書いていくのでした。)

彼女はこのことを
自分があのとき「油断していたから」と伝えたかったようだ。

そして、
その自分の身の上に起きてる行為の最中、それを受け止めきれず意識だけが身体から抜け出して、その様子を外から眺めていた自分に気がついたという。

恐怖で拒絶する心、それなのになぜか感応している身体、そしてそれを俯瞰する意識。

そのどれもが衝撃だった。
身と心とがバラバラにされ、乱れていく自分を見ていることに背徳的な嫌悪感を感じた。

その時、幸いというべきか、立ち寄られた求婚者に助けられた。

男性は彼女のこんな状態を知っても、誠実な態度は一寸も変えず
細心の注意をはらい、これ以上彼女を傷つけないような計らいで、
傍につき、何日も何も言わず、献身的に彼女の心身の養生に努めた。

そして隠密に暴行した相手への復讐として社会的制裁をした。

彼とは、あれから会うことはなかった。
心身を養生している間、ほぼ喋ることができなかった。

何か考えようとすると、どろどろしたあらゆる感情が渦巻き、全身が圧迫される。
こんなに汚い感情が自分の中にあったのかと思うほど、溢れ出てしまう。
その感情の渦巻きから出ようともがいているのが精一杯だった。

こんな汚れて変わってしまった自分では、もう会う気はなかった。
会えるとは思えなかった。心が壊れていた。

数週間もそんなふうに過ごし、季節が変わったころ。
求婚者は2度目の求婚を申し出てくれた。

ずっと喋れず、なんと答えたらいいか分からなかったが、久しぶりに発語した言葉は
「ありがとう」だった。


こんな自分でもここまで丁寧に慎重に扱ってくれて、許してくれる求婚者の愛がありがたく、救いになり、受け入れることにした。

久しぶりの言葉が、恨み言のような言葉でなかったことにも感謝していた。


[つづく]





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