「忠犬ハチ公」生誕100周年!世界の「忠犬ものがたり」をご紹介
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ECC公式note編集部です。
11月1日は、1が3つそろう「わんわんわん」で「犬の日」ですね。
犬との暮らしに感謝し、愛犬と「わん」ダフルなひとときを過ごすという愛犬家の方も多いかもしれません。
ところで、日本で一番有名な犬といえば?
西郷隆盛の愛犬「ツン」や、映画『南極物語』で知られる南極観測隊の樺太犬「タロとジロ」もいますが、やはり東京・渋谷のシンボルでもある「忠犬ハチ公」を挙げる人が多いのではないでしょうか。
今年(2023年)は「ハチ公生誕100年」の年。
今回は「犬の日」にちなみ、忠犬ハチ公をはじめ、飼い主への強い愛情で人々の語り草になった、世界の「忠犬ものがたり」をご紹介します。
■映画化もされた「忠犬ハチ公」のものがたり
急逝した主人の帰りを駅で待ち続けた秋田犬の「ハチ」。
何度か映画化もされ、日本で知らない人はいないといっても過言ではないほど有名な犬ですよね。JR渋谷駅前にある「忠犬ハチ公像」の前は、写真撮影や待ち合わせで多くの人が集まる人気スポットでもあります。
あまりにも有名なので、改めてその生涯を語るまでもないかもしれませんが、ハチのたどった一生をご紹介します。
1923年11月、ハチは秋田県大館市に生まれました。翌年の1月に東京帝国大学(現・東京大学)農学部教授の上野英三郎博士に引き取られ、とてもかわいがられたといいます。
ハチはやがて、大学や渋谷駅まで博士の送り迎えをすることを日課とするようになります。しかし、博士と一緒に過ごす日々はわずか1年4カ月ほどで終わりを告げます。1925年5月、上野博士は突然大学で倒れ、亡くなってしまったのです。
その後ハチは博士の妻・八重子さんの親戚に預けられますが、しばらくして世田谷に落ち着いた八重子さんと一緒に暮らし始めます。ところがハチはたびたび姿を消し、渋谷に現れるように。博士の帰りを待っているのだ、とハチの気持ちをおもんぱかった八重子さんは、渋谷に住む知り合いの植木職人にハチを預けることにしました。
ハチは毎日渋谷駅の改札の前に座り、上野博士を待ち続けます。時には追い払われたり、野良犬にかまれたりすることもあったようです。
1932年にハチの話が新聞に掲載されると、一躍ハチは有名になります。1934年には、渋谷駅前に初代の「忠犬ハチ公像」が完成。除幕式にはハチも招待されました。地方からハチを見にやってくる人もいたという人気ぶりだったのだそうです。
1935年3月8日、ハチは渋谷でその生涯を終えます。ハチの死を多くの人が悲しみ、悼んだといいます。
ところで、戦時中の金属回収でハチ公像も供出されてしまったため、現在JR渋谷駅前に立つハチ公像は実は2代目で、1948年に作り直されたものです。
ハチ公をかたどった像は渋谷駅前のほか、ハチの生まれ故郷である大館市や上野博士の出身地・三重県津市、勤め先だった東京大学といったゆかりの地にも存在します。特に津市や東京大学の像は、ハチと上野博士が一緒に像になっているのが特徴で、渋谷駅前のハチ公像とはまた違った感慨を覚えるかもしれません。
機会があれば、各地のハチ公像を巡ってみるのもいいかもしれませんね。
続いては、世界各地の「忠犬ものがたり」も簡単にご紹介します。
■海に飛び込んだ台湾の忠犬「十八王公廟」の義犬
台湾北部の新北市には、高さ約30メートルという何ともスケールの大きな犬の像が鎮座しています。
台湾版の忠犬、「十八王公廟」の義犬の像です。
由来は、清の時代に17人が遭難した海難事故。
その際、生き残った犬もおぼれた飼い主の後を追って海に飛び込んだと言い伝えられています。
犠牲となった17人と主人に殉じた忠犬をしのんで「十八王公廟」が建立され、「義犬」としてまつられるようになったそうです。
■主人の墓を守り続けたスコットランドの忠犬「グレイフライアーズ・ボビー」
スコットランドの首都エディンバラにも、主人の墓を守り続けた犬のものがたりが残っています。「スコットランドの忠犬ハチ公」といわれることもあるスカイ・テリア犬の「ボビー」(Greyfriars Bobby)です。
ボビーはエディンバラ市警で夜警をしていたジョン・グレイという人の愛犬でした。しかし、ジョンは1858年2月に結核で息を引き取ってしまいます。
飼い主を亡くしたボビーは、彼が埋葬されたグレイフライアーズ教会の墓地(Greyfriars Kirkyard)に通うようになり、ジョンの墓のそばで過ごすようになります。
ところが1867年、エディンバラでは「飼い犬として登録されていない犬は処分する」という条例ができます。飼い主のいないボビーもまた処分の対象になるところでしたが、当時のエディンバラ市長ウィリアム・チェンバーズはボビーの登録料を支払うことを決め、市議会が飼い主となることでボビーは難を逃れたそうです。
1872年1月14日に永い眠りにつくまでの約14年間、ボビーは主人の墓を守り続けたといいます。
死後、教会墓地の敷地内に犬のボビーを埋葬することはかなわず、ボビーは墓地の門の外、ジョンの墓から近い場所に葬られました。
現在もエディンバラ市民をはじめ、世界中の人々に愛されている「グレイフライアーズ・ボビー」のものがたり。エディンバラの旧市街、エディンバラ城にほど近い場所にあるグレイフライアーズ教会の傍らには、きりりと顔をあげて座る忠犬ボビーの像が立っています。
■帰らぬ主人を待ち続けたポーランドの忠犬「ジョック」
亡くなった飼い主を待ち続けた忠犬は、ポーランドにも。
その名は「ジョック」(Dżok)です。
1990年代の初めごろ、ポーランド南部の都市クラクフの交差点で、ジョックの飼い主は心臓発作で倒れて搬送され、そのまま帰らぬ人となってしまいます。
交差点にひとり残されたジョックは、約1年もの間、その場で戻らぬ主人の帰りを待ち続けました。その姿は人々の胸を打ち、ジョックのうわさはたちまち広まっていったそうです。
ジョックはその後、別の飼い主に引き取られますが、やがてその飼い主も亡くなり、保護された先の施設から脱走。列車の事故でこの世を去りました。
クラクフのヴァヴェル城近くの緑地には、大きな人の手のひらに包まれるようにして座るジョックの像がたたずんでいます。
篤く固く、もの悲しい犬と人との絆のものがたり。世界各地、今も昔も、人を愛し人に愛された忠犬や名犬のエピソードは、枚挙にいとまがありませんよね。
犬と人とが共に歩める時間は往々にして短いもの。共に過ごす一瞬一瞬を大切にしたい、その一生よ幸せであれという思いは、きっと愛犬をはじめペットを持つ飼い主たち共通の願いでしょう。
時を超えて連綿と語り継がれる「忠犬」たちのものがたりは、犬のひたむきな愛情に対する驚嘆と感動だけでなく、そうした人々の願いの表れでもあるのかもしれませんね。