ジョー・サンプル誕生日スペシャル~■■アーカイヴ・シリーズ28■■40年で初めて海外に出たジョーのウーリッツァー
■■アーカイヴ・シリーズ28■■ ジョー・サンプル誕生日スペシャル~40年で初めて海外に出たジョーのウーリッツァー
1963年にジョーが買った電気ピアノ、ウーリッツァー。初めて海外に出たときの2003年のライヴ。門外不出のウーリッツァーが初めて旅をした、そのウーリッツァーの目線で描いたものです。
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(本作・本文は約11000字。「黙読」ゆっくり1分500字、「速読」1分1000字で読むと、およそ22分から11分。いわゆる「音読」(アナウンサー1分300字)だと37分くらいの至福のひと時です。ただしリンク記事を読んだり、音源などを聴きますと、もう少しさらに長いお時間楽しめます。お楽しみください)
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2003/10/09 (Thu)
What Did 40 Year Old Wurlitzer See In Tokyo?
ウーリッツァー君。
https://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200310/diary20031009.html
1.40歳のウーリッツァー君は東京で何を見たか?
ウーリッツァー君。
「僕は40歳のウォーリッツァー。本当の歳は知らない。少なくとも40歳以上だ。世界で初めてできたエレクトリック・キーボードのひとつ。1963年にジョー・サンプルという人に買われて以来、ずっと彼に仕えている。今まで僕は彼のテキサスのおうちから外にでたことはなかった。ご主人はいつも自宅で僕を弾いていた。だが、どういうわけか、ご主人様、今回僕を初めて一緒に旅に連れて行ってくれることになった。家を出るのも初めてなら、街を出るのも初めて。見たことない世界ばかりだ。しかも、飛行機に乗って、日本の東京までやってきた。テキサスの田舎と比べるとすべてが新しく現代的で、超新鮮。30時間以上の長旅を経て僕が落ち着いたステージは青山のブルーノート。ものすごくかっこいい空間だ・・・」
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立ち見もでている超満員のブルーノート。客席はいやがおうでも期待が高まっている。照明が落ち、バンドメンバーが続々とステージに上がっていく。皆それぞれの名前で活躍しているヴェテランたちばかりだ。ジョー・サンプルの合図でミュージシャンたちが一斉に音を出し始める。そして、サックスのウィルトン・フェルダーが吹き出した瞬間、もうブルーノートの空間すべてがクルセイダーズになった。
おそらく、フェルダーの生サックスを聴くのは10年ぶり以上だろうと思うが、ほんの1秒で、「おおおおっ、ウィルトン・フェルダー!」と心の中で叫んでしまった。10年以上も会っていない友でもお互いよく知っていれば、その会っていなかった冷凍されていた時間が会った瞬間、解凍される。フェルダーのサックスが吹かれ、そして、ジョー・サンプルのキーボードが前面にでた瞬間、あのクルセイダーズが長い冬眠から21世紀によみがえった。
彼らのようなミュージシャンこそ、まさにReal Music By Real Musicians For Real People! 僕の求めるモットーを具現化してくれる勇士たちだ。そして、クルセイダーズの核となる存在がジョー・サンプルとウィルトン・フェルダーであることが如実に表れたライヴだ。
ジョーが曲間で次の曲の紹介をする。このところ、ジョーはステージでよくしゃべるようになっているが、彼の話はいつもおもしろい。新作『ルーラル・リニューアル』から、レイ・パーカーのギターをフィーチャーした「ザ・テリトリー」を終えると、またしゃべりだした。
「今ここで使っているキーボードはウーリッツァー社のものだ。ジュークボックスで有名な会社のエレクトリック・キーボードだ。ジュークボックスはニッケル(5セント硬貨)をいれるとレコードがかかるというものだな。ウーリッツァー社は初期の電気ピアノを作った会社なんだ。1955年、深夜のテレビ番組『スティーヴ・アレン・ショウ』を見ていると、レイ・チャールズが電気ピアノを弾いていた。今まで私は(電気ピアノを)見たことも聴いたこともなかった。だが私はそれを見て、レイ・チャールズに怒りを覚えた。音が気に入らなかったのだ。(客席から笑い) あれは子ども向けのおもちゃだ、ピアノじゃない、って思ったんだ。レイ・チャールズは『悪い奴(bad man)』だと思った。(客席から笑い) そして、59年か60年頃、同じレイ・チャールズがこんなフレーズを弾くのを聴いた」
Ray Charles- What I’d Say Pt.1 &Pt.2
https://www.youtube.com/watch?v=xTIP_FOdq24
ジョーがレイ・チャールズの1959年の大ヒット曲「ホワッド・アイ・セイ」のイントロのキーボードのところを弾く。客席から「ウォオ〜〜」という歓声。「それを聴いた瞬間、私はレイ・チャールズのことが大好きになった! (客席から笑い) そして、1963年、私はこのウォーリッツァーを購入した。
(また客席から笑い) このキーボードは、今まで自分の家から出たことがない。レコーディング・スタジオにも持っていったことはないんだ。なんたって、貴重なアンティークだからな。(笑) そして、初めて日本にこれをもってきたんだ。(歓声)」
(ウーリッツァー、1963年、写真はイメージです。必ずしもジョーが持ち込んだウーリッツァーということではありません)
話はまだ続く。ジョーは2台キーボードを持ってきていた。もう一台はフェンダーだ。その解説が始まった。「1974年、クルセイダーズとしてのツアーが始まった時、4月にリハーサルをした。その時、私は初めてシンセサイザーというものを使ってみた。すると、メンバーから猛反発を食らった。『ジョー、やめてくれ、そんな楽器を使うのは。クルセイダーズの音楽でシンセサイザーなんて弾かないでくれ。それにはソウルがない』と。そこで、私は古いフェンダーを買ったんだ。そして1977年のアルバム 『フリー・アズ・ザ・ウィンド』 用に『イット・ハプンズ・エヴリデイ』という曲を作った」
It Happens Everyday - Crusaders
https://www.youtube.com/watch?v=GDc-SdHYzmk
(レコードでは、アコースティック・ピアノで演奏。この日のライヴ会場でフェンダーをプレイした)
フェンダーのキーボードに導かれるその作品は、ジョーの甘美な叙情的メロディーが醸し出されるクルセイダーズの名曲のひとつだ。それにしてもしっかりしたリズム隊。ケンドリック・スコットのドラムス、フレディー・ワシントンのベース、レイ・パーカーのギター、そして、トロンボーンにスティーヴ・バクスター。完璧に黒いリズム隊。ゴスペル、ジャズ、R&B、ファンク、ソウル・・・。あらゆる要素がぎゅう詰にされたブラックネスがそこにある。
「イット・ハプンズ・・・」が終わりジョーが再びマイクを取る。「69年か70年頃だったか、私たちはキャロル・キングの『ソー・ファー・アウエイ』という曲を録音した。(キングの名作 『タペストリー』 に収録されている作品。クルセイダーズのものは71年に発売)
The Crusaders - So Far Away
https://www.youtube.com/watch?v=OahE2GGaGq4
その時から、われわれはジャズ・クルセイダーズから、クルセイダーズとなった。あのアルバムはターニング・ポイントだった。だが、私たちは依然変わらず私たちだ」
この曲の途中で、ウィルトンとスティーヴのツインの「サークル・ブリージング」が披露された。「サークル・ブリージング」はまったく息継ぎなしに何分も同フレーズを吹く奏法。循環奏法と言うもの。一体いつまで息が続くのか不思議に思うが、これは訓練によって、吹くのと吸うのを同時にやれるようにしているために、何分でも続けることができる。いろいろなサックス奏者が技として披露するが、これをツインで同時にやられたのは初めてだった。もちろん観客席からは大喝采が巻き起こった。
Crusaders – Carnival Of The Night
https://www.youtube.com/watch?v=7IzRnHh42s8
アルバム 『ストリート・ライフ』 からの「カーニヴァル・オブ・ザ・ナイト」を終え、またまたジョーが語り始めた。次の曲はかつてジョー・サンプルのライヴでも披露された彼のソロアルバム 『ピーカン・トゥリー』 に収録されている作品「Xマークス・ザ・スポット(マリー・ラヴォー)」だ。ジョーの話に聞き耳をたててみよう・・・
「諸君は、ニューオーリンズに来たことがあるかな。来たことがない? あそこはとても楽しい街だよ。ここにはヴードゥーのクイーンがいる。その名はマリー・ラヴォーという。ニューオーリンズの墓地にラヴォーの墓がある。彼女は1870年代に死んだ。だが彼女のスピリットはニューオーリンズ中に生きている。だからニューオーリンズに行ったら、諸君はその墓地に行き、白い石でできている彼女の墓に黒のペンかなんかでX印を3つつけなければならない。そうしないと、悪いことが起こるんだよ。(笑) だからマリー・ラヴォーの墓にX印を3つつけ、グッドラックになることを祈るよ。(笑)」 そして後ろにいたレイ・パーカーを紹介する。「レイ・パーカーはブラック・マジック(黒魔術)師だ。デトロイトのフードゥー教だ。(笑)」 レイが魔術師よろしく腕を振る。そして始まった「Xマークス・ザ・スポット」では、レイ→ウィルトン→レイ、これにウィルトンとスティーヴという豪華なソロリレーが見られた。
(マリー・ラヴォーの墓、XXXがあちこちに書かれている)
(マリー・ラヴォー Marie Laveau)
Joe Sample - X MARKS THE SPOT
https://www.youtube.com/watch?v=iWlzbwbL4b8
確かにこのバンドは、ジョー・サンプル主導のバンドだ。ウィルトンはこのバンドの一員という位置付け。そして、アンコールの1曲目は新作 『ルーラル・リニューアル』 のタイトル曲、さらにそれが終わるとやにわにレイ・パーカーがマイクスタンドをステージ中央の前に持ってきた。何かが起こる気配。
「僕が若かった頃、18歳−19歳くらいだった頃、よくクルセイダーズを聴いていた。だから、今日こうやってクルセイダーズと一緒にステージに立てるなんて本当に光栄だ! (大きい声で) クルセイダーズ! 今日はクルセイダーズの夜だから・・・僕は、「パーティー・ナウ・・・」(節をつけて歌いながら)などは、歌わない。僕は、「ア・ウーマン・ニーズ・ラヴ」も歌わない・・・(拍手) 「ゴーストバスターズ」も歌わない。やるとするなら、僕たちは今日、ジャズ・ヴァージョンでやってみよう。いいか、簡単だよ。Who you gonna call? (誰を呼ぶんだ?) と言ったら、みんなはGhostbusters! じゃなくて、クル・セイダーズ! って叫ぶんだ。いいかな?」
「Who you gonna call?」 観客が「クル・セイダーズ!」 レイはギターで「ゴーストバスターズ」を弾きだした。ブルーノートが昔ながらのディスコになった。
Ray Parker - Ghostbuster
https://www.youtube.com/watch?v=Fe93CLbHjxQ
The Crusaders – Ghostbusters [Crusaders]
https://www.youtube.com/watch?v=mLmITtoBUd8
(掛け声はクルセイダーズ!)
ジョー・サンプルの曲にまつわるストーリーは、その作品への理解を深める上で非常に興味深いものだった。およそ10年ぶりのクルセイダーズ復活のライヴは、古き良き時代を思い起こさせるのと同時に、彼らがまだ現役ばりばりのミュージシャンたちであることを改めて知らしめた。1960年にテキサス州で結成されたグループは今年で43年の歴史を数える。79年日本で 『ストリート・ライフ』 がヒットしたとき、仮に20歳だった若者たちは今44歳。仕事も油がのりきっているところだろう。この日のブルーノートはいつになくそうした40代から50代の人たちの姿が目立った。彼らは今でも音楽を聴いているのだ。だが、それでも20代と思える若い人たちもいた。なんらかの方法で彼らの音楽を知ったに違いない。43年もやっていれば、ファン層も多岐にわたるようになる。
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「これで今日のお勤めもおしまいだ。ふ〜〜。40歳でも僕の音はまだまだ元気だろう? ご主人様は64歳だからね。最低でもご主人様の年齢くらいまでは音を出しつづけるつもりだ。一日に2ステージもこんなに激しく演奏するのは初めてかもしれない。でも、観客の人たちが毎晩毎晩熱狂的してくれるんで、僕もどんどんいい音を出してしまうんだ。横のフェンダー君は僕より10歳くらい若いからね。でも、彼にはまだまだ負けないよ」
(フェンダー、1973)
ミュージシャンたちが去った後も、1963年にジョーのものになって以来初めて旅に出たウーリッツァーのキーボードは、そのステージにしっかり座り、ブルーノートの客たちを見ていた。テキサスの片田舎を初めてでてやってきた外国の地、東京はそのウーリッツァー君にどう映ったのだろうか。
■セットリスト
Set List
show stars 21.47
1. Free As The Wind (From "Free As The Wind")
2. Shotgun House Groove (From "Rural Renewal")
3. The Territory (From "Rural Renewal")
4. It Happens Everyday (From "Free as the Wind")
5. So Far Away (From Crusaders "1")
6. Carnival Of The Night (From "Street Life")
7. X Marks The Spot (Marie Laveau) (From Joe Sample's "Pecan Tree")
Enc 1. Rural Renewal (From "Rural Renewal")
Enc 2. Ghostbusters (Crusaders) / Ray Parker Jr.
show ends 23.06
【2003年10月8日水曜・セカンド・ステージ 東京ブルーノート】
ENT>MUSIC>LIVE>CRUSADERS
タイトル・ウォーリッツァーの初体験
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2. ソウル・サーチン・ブログで一番古いジョー・サンプル、クルセイダーズ・ライヴ評。ジョーとレイラ・ライヴ
ジョー・サンプル・ライヴ評
ジョー・サンプル&レイラ・ハザウエイ・ライヴ『魔術師の指』
【1999年6月8日・ファースト・ステージ・東京ブルーノート】
https://web.archive.org/web/20030528130834/http://www.soulsearchin.com/entertainment/music/live/sample19990608.html
ジョー・サンプル&レイラ・ハザウエイ・ライヴ『魔術師の指』
【1999年6月8日・ファースト・ステージ・東京ブルーノート】
真剣勝負。
昨年(1998年)、東京ブルーノートにやってきたとき、シンガー、レイラ・ハザウエイを従えてきたジョー・サンプル。そのときのあまりのコンビネーションの良さに僕も感嘆したものだが、ジョーとレイラも同じように感じたらしく、ふたりでアルバム『ソング・リヴズ・オン』を録音した。これがまたよい。 ジョーの近年まれにみる傑作であるだけでなく、コンテンポラリーなR&Bを歌ってきて今一つブレイクできなかったレイラのキャリアの中でもまちがいなくベストの作品だ。レイラがこのような作品に完璧にフィットするとは、夢にも思わなかった。やはり、シンガーにはそれぞれあったタイプの音楽というものがある。そうしたことも、やってみるまでわからないものだ。
レイラはこのアルバムで、ハザウエイというファミリー・ネイムと訣別したと言ってもいい。つまり偉大な父ダニー・ハザウエイの遺影を気にしなくてすむようになった。「Layla.(レイラ・ピリオド)」になったのである。
ジョーのソロ・アルバムでも、クルセイダーズのアルバムでも、これまでヴォーカル曲を入れるのは、アルバム中せいぜい1-2曲だった。何しろ、彼らはインストゥルメンタルが本職のミュージシャンなのだから。だが、この新作ではなんと8曲もレイラのヴォーカル曲をいれているのだ。これだけでいかに、ジョー自身が、レイラのヴォーカルに惚れ込んだかがわかる。
そして、そのアルバムをひっさげての言ってみれば「凱旋公演」が、今回のライヴである。期待が高まらないはずがない。今度は、こちらもCDで思いっ切り予習しているのだ。
さあ、真剣勝負の始まりだ。
解説。
ジョーが彼独特のやりかたで、右腕を回転させ、仲間のミュージシャンに曲の始まりを告げる。最新作『ソング・リヴズ・オン』のタイトル曲からショウは静かに幕を開けた。このやさしいタッチ。華麗に鍵盤をなめるその指裁きは、相変わらずだ。このタッチだけで、ジョー・サンプルという人間の存在を強烈に示す。
(レイラ・ハサウェイ)
Joe Sample The Song Lives On LIVE 2000
https://www.youtube.com/watch?v=0q5SLuicIDg
そして2曲目を演奏し終わり、ジョーは左手にあるマイクを取ってその作品について話し始めた。
「みなさんは、ザディゴというのを知っているかな? ザディゴだ。知らない? そうか。そうだろな。ザディゴというのは、ルイジアナに昔からある音楽で、ルイジアナ以外、世界のどこでも聴けないようなローカルの音楽なんだ。僕は子供の頃、そのザディゴで踊り、歌ったものだ。ザディゴ音楽の第一人者にクリフトン・シェニエールという人物がいる。この作品は、そのクリフトンに捧げた作品で、『クリフトンズ・ゴールド』(ジョー・サンプルの96年のアルバム『オールド・プレイセス、オールド・フェイセス』に収録)という曲だ。クリフトンには、子供の頃、よく驚かされたものだった。彼がにこっと笑うと、歯全部がゴールドで光ってるんだ。それが怖くてね。で、クリフトンの金(クリフトンズ・ゴールド)というわけだ」
(クリフトン・シェニエ―)
3曲目が終わって、また話を始めた。
「1965年、僕たちがジャズ・クルセイダーズと名乗っていてサンフランシスコに行ったときのことだ。いわゆるジャズ・ワークショップで、僕たちが演奏を終えると、ベン・ウエブスター(註、1909年~1973年。ベンは、30年代から60年代に活躍したサックスの巨匠)が近寄ってきて、『仕事が終わったら、オレの泊まっているホテルに来い』っていうんだな。『おまえにピアノの弾き方を教えてやる』っていうんだ。(笑) そこで僕は彼からジェームス・P・ジョンソン(註、作曲家)の作品を教わり、レッスンを受けた。この曲は、その彼を題材にしたもので『トーンズ・フォー・ベン』。」
(ベン・ウェブスター)
ちょっとした解説を交えながら、彼は淡々とステージを進めた。
裸足。
4曲目(「ヴィヴァ・ダ・ファンク」)が終わると、ジョーはアップ・テンポで、高音が印象的なチャールストン風の曲を弾き始めた。昔ながらのスウィング感あふれる一曲。セピア色のイメージが広がる。1999年から「ハーレム・ルネッサンス」の1940年代へのタイム・トリップ。スタッフに導かれて、小柄なレイラが通路を歩いて来た。懐中電灯に照らされる足下を見ると、彼女は何も履いていない。裸足だ。ジョーは、その曲のイントロを弾き続けている。レイラがステージ中央にたどり着き、マイクを握ると低い声でこう歌いだした。「please be true when you say I love you...」 スタンダードの「イッツ・ア・シン・トゥ・テル・ア・ライ(嘘をつくのは、罪なことよ)」だ。
ペットボトルの水を一口飲み、レイラが歌う次の曲は、しっとりとしたバラード「ワン・デイ・アイル・フライ・アウエイ」。かつてランディー・クロフォードが情景を演出した歌だ。レイラの歌からも、鳥が空を飛んで行くようなイメージが思い浮かぶ。
アルバム『スペルバウンド』(1989年)で「オール・ゴッズ・チャイルド」というインスト曲として収録されていた作品が、最新作『ソング・リヴズ・オン』で、歌詞が付き、新たなタイトル「カム・アロング・ウィズ・ミー」を持って生まれ変った。言葉を持っていなかった小鳥が、メッセージをさえずり始め、そこに新たな生命を宿した瞬間だ。アルバム・タイトル通り、こうして「曲は生き続ける(ソング・リヴズ・オン)」のだ。
そして、やはりかつてランディーが録音し、ジョーたちの最新作にも収録された「ホエン・ユア・ライフ・イズ・ロウ」。しっとりとしたレイラの歌唱が、ブルーノートを包み込む。ミディアム調の「フィーヴァー」に続く。レイラのジャズ・シンガーとしてのキャパシティーを示す作品だ。何か、映画の一シーンで使われるそうな曲である。僕はこの曲を聴くと、最近見たスタイリッシュな映画『ラウンダーズ』を思い浮べた。ポーカーに生きるギャンブラーを描いたその映画にこの曲がとてもフィットするように思えたのだ。
ジョーのピアノも聴く者のイメージを広げるが、レイラの歌からも、映像的なイメージがとてつもなく広がる。
Joe Sample & Lalah Hathaway - When Your Life Was Low
https://www.youtube.com/watch?v=g3LIMYjzXlA
優れたミュージシャンや、シンガーは、音や歌によって聴き手にイマジネーションを与える。ここでは優れたミュージシャンと優れたシンガーが、おたがいに火花を散らしながら、瞬間、瞬間にイマジネーションを生み出しているのだ。まさにライヴならではの醍醐味だ。
「ストリート・ライフ」は、ちょっとレゲエ調のリズムになっている。ここ数年、ジョーは「ストリート・ライフ」をこのヴァージョンで演奏し、それがCDに録音されていた。大きな拍手とともにミュージシャンたちがステージを降りる。ジョーが通路の両側の何人かと握手をしながら、楽屋に戻っていく。
アドリブ。
「ジョー! ジョー!」 どこからともなく、かけ声がかかる。なりやまぬ拍手の中、ジョーとレイラふたりだけがステージに戻ってきた。フリーフォームのアドリブで、ジョーが何かを弾き始めた。その瞬間、僕は「メロディーズ・オブ・ラヴ」へのプレリュードだと確信した。彼は、いつもこの曲のプレリュードをアドリブでその場で浮かんだイマジネーションで弾く。この日は、そのアドリブのプレリュードが短かったが、まもなく、レコードで聴かれるおなじみのイントロにつながり、そして、レイラが「ホエン・ザ・ワールド・ターンズ・ブルー・・・」と歌い出した。
この曲は長い間、インスト曲と歌入りヴァージョンのどちらがよいかといった議論がなされてきた。だが、これら二曲はまったく別物と考えるといいと思う。
そして最後に、もう一曲、なつかしい「バーニン・アップ・ザ・カーニヴァル」をプレイしてくれた。アルバムでは、フローラ・プリムが歌っていた作品だ。
歌手にとって一流のミュージシャンをバックに歌うことは常に夢だ。シンガーたちは自分たちの名声があがるとこぞって、一流ミュージシャンを自分のバンドに雇い入れようとする。だが、ジョー・サンプルのような超一流ピアニストをバックに思いっきり歌を歌えるなんて、レイラというシンガーは、まさにシンガー冥利に尽きると言える。彼のピアノをバックに歌うなどということは、歌手にとってこの世の最高のぜいたくである。
マジック。
ジョーの姿を右後方から見た。 ちょうど右手の動きが視界に入る。同じスタンウエイ社のピアノという楽器が、ジョーの指にかかると、「ジョーのピアノ」に変貌する。強さもありながら、独特のソフトでデリケートなタッチ。二小節もいらない。何音かプレイされただけで、ジョー・サンプルが弾いているということがわかる。「スタンウエイのピアノ」を「ジョーのピアノ」にしてしまう彼はやはりマジシャンだ。
魔術師は、そこに存在する物をないように見せ、ない物をあるように見せる。彼はそこに見えないソウルを浮かび上がらせ、そしていとも簡単にピアノを弾いてみせ、それまでの何十年という経験、練習、積み重ねといったものがまるで何もないように見せる。そして、観客はそのマジックに、酔いしれる。
ジョーの指は、魔術師の指・・・。
【1999年6月8日・ファースト・ステージ・東京ブルーノート】
吉岡正晴
(2002年10月23日アップ)
http://www.soulsearchin.com/entertainment/music/live/sample19990608.html
http://www.soulsearchin.com/entertainment/music/live/joe20020409.html
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3. ジョー・サンプル『宇宙のように大きな背中』ジョー・サンプル・ライヴ『宇宙のように大きな背中』~ジョー&リズ・ライト
【2002年4月9日火曜・セカンド・ステージ・東京ブルーノート】
ジョー・サンプルの背中がいつになく大きく見えた。繊細に、しかし、大胆にグルーヴ感あふれるジョーのピアノは、叙情とファンクが見事に融合する稀有な例だ。
「ニューオーリンズにマリー・ラヴォーという女性の墓がある。そこにはいつもX印が書かれている。ニューオーリンズに行って、その墓参りができるといいことが起こる。それを探せないと・・・。さあどうなるかわからないな(笑い)」
(リズ・ライト)
そう説明して2曲目の「Xマークス・ザ・スポット」を彼は弾きだした。いかにもジョーらしいタッチが随所に見られる佳曲だった。ジョーは時折、楽曲の解説を交えながらプレイする。これに続いて、この日は珍しくナット・キング・コールのピアノ曲を解説を加えて弾いた。
約3年ぶりの新作『ザ・ピーカン・トゥリー』を発売しての公演ということもあり、新作からの作品も4曲ほど織り混ぜて披露。全13曲中、最初の5曲がジョー・トリオの演奏。6曲目以降はすべて、新作で初お目見えした新人女性シンガー、リズ・ライトが歌った。まるで、リズ・ショウの様相だ。
彼女の声質は、前作で大々的にフィーチャーしたレイラ・ハザウエイ系のもので、ジョーのピアノと相まって、実に気持ちいい。彼はまた新しいスターを発見したようだ。特に、新作に収められている「ノー・ワン・バット・マイセルフ・トゥ・ブレイム」は、作品の素晴らしさもあるが、ジョーのピアノのイントロから、その詩的な雰囲気が最高潮に達した。
リズが歌う歌詞が作りだす世界と、ジョーがその指先から醸し出す世界が、見事なハーモニーとなり壮大な宇宙を生み出していた。その時、ジョーの背中が宇宙のように大きく感じた。
【2002年4月9日火曜・セカンド・ステージ 東京ブルーノート】 吉岡正晴(音楽評論家)
(毎日新聞2002年4月20日付け・夕刊・楽庫に掲載)
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