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〇若き血

〇若き血
 
【Young Blood : High-School Baseball Tournament Final】
 
決勝戦。
 
まさか自分が生きている間に、自分の母校が高校野球の決勝戦に進むとは夢にも思わなかった。今回は2回戦あたりから周辺がざわざわしていて、僕も時間が許す限り、生中継を見るようになっていた。先週末あたりから、準々決勝、準決勝、決勝の日程と試合時刻をスケジュール帳にいれるまでになっていた。
 
そして、準決勝で逆転勝ちをすると、気持ちはもはや「あと1勝」状態だ。
 



そこで、急遽、その母校に50年ぶりくらいに訪れ、優勝の願をかけにいってみた。
 
僕がこの高校に行っていたのは、1970年4月から1973年3月までの3年間だ。50年以上前のことだ。
 
すっかり日吉の街は様変わりしていた。中原街道が多摩川を超えると、まずは武蔵小杉近辺に何本もタワーマンションが建っている。中原街道から綱島街道になり、日吉までほぼ片道2車線になっている。その昔は、往復で2車線でいつも渋滞していた。
 
高校の建物は思った以上に大きかった。そして、その手前にあったグラウンドは、昔はもっと大きく見えたような気がしたが。なにしろ約50年ぶりなので、なんとも記憶もあいまいだ。
 
高校のグラウンドでは野球部の残りのメンバーが練習試合をしていた。このグラウンドで、体育の授業でサッカーをしているときに、僕は怪我をしてしまい、高校3年の3学期を棒に振ったことを思い出す。



 
その横の体育館は、まさにこんなシルエットだった。
 
そして、そこに行くまでの銀杏並木が本当に広々と大きかった。行き帰り、カラスの鳴き声がうるさかった。
 
坂を上る左側に学食があり、高校時代、大学の1-2年のときによく通ったが、それはなく、もう大きく新しい建物に変わっていた。
 
日吉駅前は、もうまるで昔の面影はない。電車は地下を通っているそうだ。ただ、大学・高校側と逆の西口の普通部に行く方は、「普通部通り」「中央通り」など昔ながらの商店街だったが、その様子はすっかり様変わりしていた。



 
ちょっと昔からやってそうな定食屋さんに入った。「小満津(こまつ)」という店で、なんともう50年以上前から、建物は変わったが、やっていて、今は2代目、3代目が継いでいるという。ご飯の量など圧倒的で、どれもおいしく、さすが学生街の定食屋さんだ。ここに来た記憶はないのだが…。妙に懐かしく感じられた。



 
今回決勝戦へ進んだことで、業界内の同窓生が一挙にでてきて、「ああ、彼も、ああ、彼女もそうだったか」という連鎖が周囲で巻き起こっている。
 
決勝戦は2023年8月23日(水)午後2時から。107年ぶりの優勝か、仙台育英の春夏2連覇か。
 
今日は、一日休みにした。午後4時すぎに「塾歌」が流れることを祈りたい。
 

 
小満津

 
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