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解体屋ゲン×ンマ娘!第×333話「引退後の生活」(二次創作SS)


※ 注:この物語は芳文社の週刊漫画TIMESに連載され、電書バトから電子書籍として単行本が発売されている「解体屋ゲン」(石井さだよし先生・星野茂樹先生)の二次創作ショートストーリーとなります。


 雨の降る午前、現場が中止となり、ゲン、慶子、光、ヒデ、有華は揃って事務仕事をしていた。そんな事務所にひょっこりとさくら商店街の居酒屋「のみくい処大山」の田上がやってきた。


「ちょっと相談事があるんだけど。」

 そういう田上をソファーに座らせて、ゲンと慶子が話を聞く。光とヒデはノートPCを使うフリをし、有華はお茶を用意しながら聞き耳を立てる。


「鈴さんから聞いたんだけど、大山さんがスマホのゲームにハマって年金を使っちゃってるらしいんだよ。店の手伝いの時も気づくとスマホばっかり見ているし、困ったなと思ってはいたんだけど。」


 田上の「のみくい処大山」は元々商店街の重鎮、大山がやっていた店で、不況により鮮魚店を手放した田上を大山が雇っていたのだ。だがコロナ禍での飲食店、特に酒類が売り上げの中心になる居酒屋は、時短や緊急事態宣言の影響で経営が厳しくなってしまった。そこで大山と大山の嫁の鈴は隠居して、田上夫妻の店として営業している。

なお、大山は隠居後も繁忙な日などは「のみくい処大山」をバイトとして手伝いに行っている。もちろん真面目に働き、田上に料理の指導もしているのだ。


「なんだそりゃ。そりゃもう年寄りもスマホを使うしかない状況になっちまったけど、大山があの歳でゲームにハマるのか。」

「あの歳でゲームって、ゲンさんだって仕事サボってゲームやってたでしょ。」

 慶子からキツイツッコミが入る。ゲンは少し前に、とあるPC用のオンラインゲームにハマって仕事を疎かにしたコトがあったのだ(90巻897話)。息子の鉄太の教育のため……以上に慶子はゲームに嫌悪感を抱いているフシがある。

「美少女育成アーケードゲームもね!」

 ヒデに言われてゲンはビクリとする。ゲンとヒデたちは、美少女と建設作業をするアーケードゲーム、ワクワクガール(以降ワクガ)にハマったコトがあったのだ(66巻655話)。ゲームの稼働終了で事なきを得たが、あの話はゲンとヒデとトシとゴン、四人だけの秘密と思っていたのだが……。

「ヒデ、てめえ何言ってるんだよ!」

 はっとして口を抑えるヒデ。だがもう遅い。

「美少女育成アーケードゲームって何なのよ!」

 慶子と光の表情が鬼のように変わる。特に慶子はかなりヤバイ!

「い、いや建設業を題材にしためずらしいゲームがあるってコトで開発した人に話を聞いたりしたんだよ。」

 半分は正解で半分はウソだ。確かにそのゲーム「ワクガ」は建設業を題材にしたゲームだが、最初にヒデとトシがハマり、ふたりをバカにしようとしたゲンも萌えを知ってしまい……だがゲームが稼働終了となり、その場に来た開発者に終了の理由を聞き、思い出話に花を咲かせただけなのだ。


「あの、俺の話は?」

 怪獣と化した慶子と光に田上が割って入る。少し冷静になる慶子と光。ほっとして胸をなでおろすゲンとヒデ。

「で、大山はなんのゲームにハマっているんだ?」

「わからない。なんかスマホを見て、ありゃ馬賞がーとか言っているから競馬のゲームかな、でもライブがーとかも言っているから違うかも……。」

「ンマ娘だわ!」

 田上の話を遮るように光が叫ぶ。

「なんなのンマ娘って?」

 急に大声を出した光に驚いた慶子が聞く。


「昨年稼働した、覇権ソーシャルゲームよ。競馬の名馬を美少女キャラにして育成するゲーム。一千万本を超え、売り上げは一年間で九百億円とも言われている大ヒットゲームよ!」

「九百億円!」

 慶子とゲン、そして田上が驚くが、他のメンバーは平然としている。

「まさかお前ら全員やっているのか?競馬で美少女なゲームを?」

 ゲンがヒデ・有華・光に聞く。

「そりゃ当然だよ、社会現象だものンマ娘。」

「ンマ娘やってるってだけでマッチングアプリの食いつきが違うのよ。」

「だって可愛いもん、今週はカランちゃんのお迎えに五千円……ハッ!」

 光がいかにもやらかした顔になる。

「光ちゃん、子育てにお金がかかるから無課金でやろうって決めてたじゃないか!」

 ヒデが怒る。息子の匠くんの教育費を蓄えている時に内緒でゲームに課金されたらそれは怒るだろう。しかし光が課金する程にハマる競馬のゲームならギャンブル好きの大山がハマってもおかしくはないとゲンは思った。


「そんなに面白いのか、そのゲーム?」

「無料でも出来るからゲンさんもやってみればいいのよ。」

 お茶をテーブルに置いた有華がゲンのスマホを机から持ってきてゲンにウマ娘をインストールするよう勧める。有華の指導でアプリをインストールするゲンだが、どうにも慶子の視線が刺さっているように感じる。


 十分ほども経っただろうか?ゲームがスタートしてゲンが操作すると

「あら可愛い。」

 慶子が言う。ゲンのスマホの画面では競走馬の名前をもつ女の子たちが競馬場を走っていた。

「とんでもないグラフィックスだな、スマホでここまで作れるのかよ。」

 ゲンも住菱技術研究所のオタクな谷との付き合いが長いから色々なCGを見てきたが、スマホでここまでのCGを見たコトは無かった。ゲンがハマっていたPC用のオンラインゲームよりも綺麗な絵かもしれない。

レースが終わると女の子達のライブが始まった。ダンスの動きも凄く、関節どころか服の破綻も無い凄いCGだ。ゲンはただただ舌を巻く。

「音楽も素敵ね。」

「この曲とか歌う声がレースの結果で全部変わるのよ、凄いんだから。」

 慶子が音楽を褒めると光が自分のコトのように凄さを語る。コイツにもオタク要素があったとは……などと思うゲン。でも、敦子が来るまでは一番会社でPCに強かったのは光だったのである。


 さらに数十分が経ち、ゲーム内容を説明するチュートリアル用の最後のレースが終わった、最初のキャラクターのダイヤレッドカラーという巨乳の美少女が手を振って去っていく……。

『ズキューン!』

 ゲンの心臓をなにかが貫く。「ワクガ」のキャラクター「ノリ」の時と同じだからゲンは知っている。これは、これこそは萌え……!



「こんにちは!何か仕事は?あら田上さんどうも。」

 ゲンとニヤニヤ笑う皆がテーブルの上のスマホの画面を見ていると野島がやってきた。しかし残念ながら近々に野島へ渡せるコンサルの仕事は無いのだが……。

「あら、ンマ娘じゃない。これぐらい売れたら私も一生お寿司を食べられるのに。」

 そういえば野島も谷とスマホ用の経営シミュレーションゲームを作っていたのだ(935話)。少しは売れているのだろうか……?



「で、ンマ娘の凄いのはわかったんですが、大山さんをどうすれば……。」

 田上が言う。そうだった、今は大山がお金を使い込む話をしていたのだ。野島にも最初から話を聞いてもらう。

「どうしてお金を使ったってわかったんですか?」

 野島が田上に聞く。

「鈴さんの話だとATMのご利用控えが大山さんの財布に入っていたんだって。」

「振り込み?スマホゲームならカードとかで自動引き落としのハズよね!」

 有華が首をひねる。確かにこのご時世、ATMから振り込みをするスマホのゲームなんてあるハズがない。

「新手の詐欺かなんかじゃないのか?」

ゲンは久々に喧嘩事かと肩を回す。

「どこに幾ら振り込んだかは知っているの?」

「三万三千三百円をなんとかウマ協会って鈴さんが言っていたけど。」

 野島の問いに田上が言ったその金額……野島と光とヒデと有華が互いの顔を見て四人で声を出す。

「隠居ウマ協会!」

「なんだそれは、やっぱりンマ娘のゲームを利用した詐欺なのか?」

 状況が呑み込めないゲンに野島が言う。


「隠居ウマ協会は引退した競走馬の面倒を見る活動をしているNPO法人です。」



「引退した馬の面倒は馬主さんが見るんじゃないの?」

 慶子が野島に聞く。

「よほど成績の良い馬ならそういう馬もいます……が。でも一年で生まれる競走馬は七千頭と言われています。その中にレースで活躍する馬がどれだけいるか。繁殖や乗用とされて馬術や乗馬で生き残る馬もいますが、考えてみて下さい、乗馬するところってそんなにあります?」

「身近には少ないわね。」

 野島に問われた慶子が答える。確かにそんなに馬に乗れる場所は無い。

「大半の競走馬は、乗馬に用途変更された後に行方不明になります。」

「行方不明だと?」

 ゲンが言う。行方不明とは不穏な話すぎる。


「ええ、実際は動物園の肉食獣の餌になったり、加工されてペットフードになったり、馬肉として……。」

「ええ、私この間さくら肉食べちゃった!」

 野島の話に驚き有華が叫ぶ。馬肉=さくら肉は料理店でも扱われている一般的な食材だ。

「馬肉の全てが競走馬というワケじゃないですから。でもなかなかグレーゾーンな部分なんです、この話。でも七割ぐらいの馬は多分……九割という声も。」

「な、七割から九割!」

 野島の話に慶子や光が絶叫する。

「もう競馬なんてやめた方がいいんじゃ。」

「でも、もう競走馬は野性では生きていけません。それに馬も豚や牛と同じ産業動物ですから、ある種恵まれていると言えるかも……。」

 光の問いに野島が答える。残酷だが、実際はそれで生活している人も多くいる産業であり、競馬が多くのファンを沸かせ、ストレス解消と感動の場になっているのも事実なのだ。

「なんでそんなに詳しいんだよ、お前。」

「競走馬の世界は他に例がない経営のお話でもありますから。一応まだコンサルタントとして勉強しているんですよ。」

 ゲンの問いに野島が答える。確かに他にはない業種・産業ではある。



「それで隠居ウマ協会ってのは、なんなんですか?」

 田上が言う。ここらで本題に戻らないと。野島が説明する。

「引退した馬を少しでも助けようとするNPO法人で、里親を募集したり、有名だった馬のの老後を支えつつ、その名前を借りて誕生日に寄付を募って他の馬の隠居生活も支えたりしている団体です。」

「なんで振込先がそこだと分かるんだ?」

 ゲンが首を捻る。

「隠居馬の代表となっているブロンズコレクタの誕生日を記念した募金があったんです。今年はンマ娘で知る人が多くなって、二百万円の目標だったのに三千五百万円を越えたんです。」

「三千五百万!ブロンズコレクタなら俺でも知っているぞ。三着ばかりで、有名な芸人が負けるから大嫌いだけど大好きとか不条理なコト言っていた馬だよな!」

 ゲンがちょっと得意そうな顔をして言う。

「三着ばかりの馬が三十三歳。大山さんの寄付額は?」

「三万三千三百円!」

 野島の問いにハッとした慶子と田上が同時に答える。

「それと……。」

 野島がゲンのスマホを触ってンマ娘の女の子の絵と説明を表示する。緑と赤の配色が特徴的なとても可愛く、でもなぜか身近に感じる愛嬌のある女の子だ。

『ズキューン!』

また、ゲンの心臓をなにかが貫く。この感覚、間違いなく萌え!


「これがンマ娘のブロンズコレクタ。ンマ娘の中では居酒屋の看板娘で商店街のアイドルっていう設定になっています!」

「それは大山さんがハマっても仕方ないかもね。」

 野島の説明を聞いて慶子が言う。それはまるでさくら商店街の代表を長く務めた、居酒屋の主だった大山を一本釣りするようなキャラ設定なのだ。

「こりゃ、好きにやらせておくしかないかな。」

 ゲンが言う。ゲームにハマるのも萌えるのもゲンには分かるし、隠居した大山が隠居した馬たちのために募金するのに文句を言う筋合いは何もない。


「でも、大山にゲームの話も聞きたいな。今日はこの雨だし、早上がりして皆で田上の店で晩飯に……したいが、コロナ禍だしな。」

「私は今日用事が……。」

 有華がキョドる。野島が冷たい視線をしているから、野島を誘わずにひとりでマッチングアプリの相手にでも会うのだろう。

「残念だけど、ウチは昨日のカレーが残ってるから辞退するわ。」

 光が言う。ヒデも残念そうだが、コロナ禍ではまだ大人数での飲食は諦めるしかない……。そんな中で野島が物欲しそうにゲンの方を向く。

 「じゃあ、ウチの家族と……野島には今日のコンサル代として奢ってやるか。四人ならいいだろう。」

 パッと明るい顔になる野島。なんとも現金な奴だ。慶子はちょっとやれやれと言った表情だが、野島の生活が苦しいコトは良く知っているから文句は言わない。

「でも大山さんは今日店にいるの?」

「こんなコトになると思って、今日は夕方から煮物の味をみてもらうように呼んでます。」

 慶子の問いに田上が答える。いやコレ、営業だったんじゃないのか?田上の奴、いい商売人になって来たなとゲンは思う。



 数時間後、「のみくい処大山」のカウンターにはゲン・慶子・鉄太、野島が並んでいた。煮物の世話をしている大山の目の前で野島がスマホでンマ娘をプレイする。キャラクターはもちろんブロンズコレクタ。

「んむー、また三着。本当にこの娘は勝てないわね!」

「え、野島先生もンマ娘やっているのかい!」

「も、って大山さんもやってるんですかンマ娘?」

 綺麗に野島の釣り針にかかる大山である。

「ああ、昨日もツルツルスゴシの為にガチャ回したよ。今回は八千円くらいでお迎えできてさぁ…。」

 大山、課金もしてたのかと野島と慶子は呆れ顔に。ガチャとは好きな女の子を獲るためのくじ引きだ。無料でもゲームのポイントで出来るが、八千円というからには有料でガチャをやっていたのであろう。

まあ基本は無料だし、別に生活に支障のない小遣い程度の課金が悪いワケではないのだが、「今回は」と言うからには慢性的な課金をしているのかもしれない……。


ゲンの怒りが爆発する!


「なんでブロンズコレクタじゃないキャラ使っているんだよ、なんだよツルツルスゴシってのは、お前の顔にでも似ているのか?一番かわいいブロンズコレクタを使えよ!お前に愛はないのか!!」

「怒るの、そこ?」

 慶子と野島は呆れる。

「いや、何言ってるんだゲンさん!ツルツルスゴシを見たコトないんだろ!」

 そう言って、大山は怒るゲンに自分のスマホの画面を突き出す。

『ズキューン!』

 ゲンの心臓をまたなにかが貫く。もちろんこれも、萌え……。


「か、可愛い。名前はツルツルなのに、なんだこの可愛さは。」

「そうだろうよ。いや、ゲンさんにはこっちの娘とかこの……。」

『ズキューン!』

『ズキューン!』

『ズキューン!』

 大山がンマ娘の女の子を色々出すたびにゲンの心臓をなにかが貫く。これは萌えの満漢全席か!


そんなゲンの様子を見て、慶子がゲンのスマホを手にして言う。

「ウチではンマ娘は禁止ですからね!はいアプリ消去。それと大山さん、鈴さんは気づいてますからね、ンマ娘やってるの。」

 慶子のひと言に大山がギクッと反応する。大山は恐妻家なのだ。

「なにも消すコトはないだろ!俺は課金なんかしないぞ!」

「ゲームで仕事をサボる人が課金しないなんて思えないじゃない。」

「チキショー!俺のブロンズコレクタを返せ!!」

 ゲンの瞳に熱いものが滲んできた。


「鉄太、スマホゲームはロボロボGO!(70巻692話)だけだからね。じゃないとこんな大人になっちゃうからね!」

「お父さんのせいで、ますますお母さんがゲームの鬼になっちゃった。」

 鉄太のひと言でゲンと慶子以外が大笑いとなる「のみくい処大山」の店内。大山のンマ娘は課金が度を超えないようにたまに野島が様子を見るコトとなった。もちろんバイト中のプレイは禁止となった。



 雨も上がり、明日は現場も気持ちよく動きそうだ。落ち込んだゲンが出社拒否をしなければの話だが。そして、ゲンがPC版のンマ娘の存在を知るのにさほど時間はかからなかった……大丈夫なのか五友爆破株式会社?!



~FIN~


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