【小説】コロナに死す《スナックでアニソンを5》
カラオケ。
カラオケが日本の娯楽のひとつとして登場してから既に五十年を過ぎた。音楽という文化と通信・映像・音響技術が素晴らしい形で融合した、非常に能動的な遊びであり、スポーツである。
そんなカラオケは昼と夜、2つの顔を持つ娯楽である。
ひとつがカラオケボックスという形で全国に広がり、歌好きの学生、旦那を家から追い出した鬼嫁、鬼嫁の元に帰りたくない旦那などなど歌うことを主体とした人々のデイマーケット。
そしてもうひとつが、クラブ・スナックを中心とした綺麗なおねえさんたちと飲む・話す・歌うという夜の世界、文字どおりのナイトマーケットである。
これは、そんなナイトマーケットのカラオケで遊び・遊ばれる男たちの物語である。
日向洋二、35歳、独身。北海道札幌市に3店舗を構える地場ホームセンターで、強力な大手と戦うためメーカー相手に丁々発止する若手商品バイヤー……と自称している。先輩に連れられ、ボックス席の団体の一人としてスナック通いを初めてから既に7年。今では札幌の東のほうにある2つのスナック、「Fuchs(フクス)」と「スナックかるて」を中心にそこそこのペースで通うカウンターの住人として、ひとりで他の常連たちと歓談し、歌える、いっぱしのスナック常連となっていた
……のは、かれこれ三年前か。
三年前のある日、洋二は社長でもある父親と喧嘩して父親のホームセンターを辞めた。洋二が格安で仕入れて来た雪かき用スコップが不良品だったため、大量購入してくれた雪まつりの雪像製作を請け負っている地元の土建業の会社からクレームが入ったコトから火が付き、元々不仲だった父親と喧嘩になったのである。洋二がやめた後に父親は大手ホームセンターに自分の会社を売り払い、今はタイで老後生活を送っている。
とりあえず、なけなしの退職金でなにをやろうかと思っていた時に、デキ婚で「Fuchs(フクス)」を辞めていたさわから連絡が来たのだ。
「帰って来たミャ、さわも晴れてバツいちミャ。」
「Fuchs(フクス)」の近くの居酒屋で久々に会ったさわからのひと言目がコレだった。
「どうしたんだよ、彼氏はどうしたんだい?」
「実は、辞めた後に子供がいなかったコトが分かったミャ。」
「子供がいなかったって、あの時に病院で診てもらったハズだろ?」
「そうなんだけど、そうじゃ無かったミャ……。」
わけのわからない話をし出したさわの話を纏めるとこのようだ。
・病院には行ってなかった。彼氏と付き合うために嘘を言ってしまった。
・もちろん彼氏と家族たちには入籍後にバレて離婚した。
・慰謝料は実家に払ってもらったが、働くところを探している。
・まだ「Fuchs(フクス)」のゆりかママはじめ、洋二以外には言っていない。
・なので、洋二に「Fuchs(フクス)」ゆりかママに復職を頼むのを助けて欲しい。
「いやいや、「Fuchs(フクス)」のオマエの担当はトンちゃんだろうが。なんで俺にそんな相談してくるんだよ。」
トンちゃんとはさわにホレていた常連で、本人は自覚してなかったが、さわにストーカー的につきまとっていた客である。
「トンちゃんには酷いコトしたし、もう綾のお客さんミャ」
綾とはさわが「Fuchs(フクス)」を退職する時に自分の代わりにと連れて来た眼鏡っ娘である。眼鏡っ娘好きなトンちゃんのためにとさわが辞める時に連れて来たのだが、カラオケも客あしらいも巧く、すでにゆりかママに負けずとも劣らない人気者となっていた。
「なら綾ちゃんは?」
「無理やり「Fuchs(フクス)」に連れて来たのにコレは言いにくい。」
さわが語尾にミャを付けないのは余程言いにくい状況だからなのだろう。
「しょうがないな、まあ、ゆりかには日本一頭を下げているしな、俺。」
ゆりかには惚れた手前……と思っているうちに、本人にも、周りからも下僕として扱われているのは洋二も承知している。
居酒屋を出て、「Fuchs(フクス)」のドアを開ける。開店時間に合わせて来たので、中にはゆりかしかいなかった。
「いらっしゃい……って、一緒に来たの?どうしたの、さわ。」
洋二の後から入って来たさわに驚くゆりか。されはそうだ、さわは結婚して札幌からは遠く離れた元旦那の故郷である根室に行ったコトになっていたのだ。
「バツイチになりまして、帰って来たミャ。」
カウンターの右から二番目のいつもの定位置に陣取った洋二の左横の席に座ったさわがゆりかママに言う。あとのいきさつは洋二からゆりかママに説明した。
「うーん、タイミングが最悪なのよね。昨日、新しいコを獲っちゃったのよ。」
最近、若い子が辞めたのは洋二も知っていたが、もう補充していたとは思っていなかった。さわが復帰出来る見込みがあったからさわを連れて来たのだが。
「ああ、でもさわ、最高のタイミングかもしれないわ!」
「エ?」
「ミヤ?」
「暇なヨウちゃんが店を出せばいいのよ。」
「エ?」
「まだ退職金残っているでしよ。ここのビルと同じオーナーがやっている通りの南側のスナックが閉めて店舗が開いているわ。居抜きで開店できるし、紹介もしてあげるわ。」
「エ?」
「ちょうど近くに大学も出来るし、さわがいるんだからアニソンの歌えるコスプレガールズなオタクバーでも作れば儲かるかもよ。ちょっと内装は変えないとダメかもだけど、内装屋さんも紹介できるし、ヨウちゃんなら飲み仲間も多いし、大丈夫じゃなくて?」
「エ?」
「それミャ!オタクバーならさわの人脈も生かせるし、働く女の子も連れてこれるミャ!」
「資金調達ならば、わたしが店出した時みたいにサンタさんが相談に乗ってくれるしだろうし、カラオケは紹介できるし、電気系の備品はデンさんに頼めるし。まあ、ウチの店のお客は少し減るかもしれないけれど、それはお互い協力してうまくやりましょう。」
ゆりかの言うサンタさんは中堅商事会社の偉い人で、トンちゃんの上司。デンさんは電気店を経営している合間にバーチャルアイドルの曲を作っている、ともに洋二よりも年上の常連である。
「アッハイ。」
……こうして洋二は「Fuchs(フクス)」の近くのビルの地下にオタクバーを開くコトとなった。成り行きとは言え、洋二も無職でダラダラしているよりはいいと思ったので、ついつい話に乗ってしまった。そんな話をしているウチに、サンタさんとデンさんも店に来てしまい、開店前祝とシャンパンまで開けられてしまった。もう洋二には逃げ場は無くなったのである。
こうして開店準備が始まったのだが、しっかりと自分の店を立ち上げたゆりかママのおかげで契約関係はとてもスムーズに進んだ。店舗も開いて直ぐの居抜きだったため、店の程度も良かった。前に店をしていた人も隠居するからとのコトで、什器どころかグラスの類も譲ってくれた。洋二が用意したのは冷蔵庫が2つとIHコンロとおしぼり用のウォーマーと電子レンジぐらいで、これもデンさんが格安で用意してくれた。
カラオケはゆりかの店のJAMじゃなくD-SOUNDにした。これでハシゴする客にはどちらの固有曲も歌ってもらえる。昔はアニソンの弱かったD-SOUNDだが、かなり最近は曲の揃えが良くなっていて、新曲のアニソンがD-SOUNDだけって場合も増えている。
もちろん開店資金もサンタさんのおかげでスムーズに借りられた。食品衛生管理者の資格も取り、一番手を焼いたのは保証人になってもらうために父親に連絡して詫びを入れるコトであったが、なんとか説得するコトが出来た。書面のやりとりに時間がかかったが。
そうして洋二のオタクバー「アニソンの樹」は開店した。カウンター12席、ボックス16席程度の店だったが、さわが連れて来たふたりの女の子も最近のオタク関係には明るいコで、歌も上手かった。さわが用意した日替わりのコスプレ衣装も評判が良く、開店日にはゆりかママや「Fuchs(フクス)」の常連たち、ゆりかママが所属していた「すなっくカルテ」のまなみママ、「Fuchs(フクス)」のチーママである志摩ちゃんがいた「Polarbear」のシロクマ店長などで大盛り上がりとなったのである。
……そこまでだった。最初のひと月半までは順調そのものだった。あまりの順調さにさわを含めて3名で回していた女のコを7名まで増やした時に、それは襲って来た。
コロナ禍が始まったのである。
雪まつりによる観光客の中のおこぼれを見込んでいた時期に広まったコロナにより、あっというまに観光客需要が無くなった。札幌の東の端のほうで営業している洋二たちはまだ良いほうで、観光客の割合が高い歓楽街、すすきの界隈の同業者は厳しい状況に追い込まれた。
そしてすぐに歓送迎会のシーズン。どの会社でも、送迎会も歓迎会も開く状況では無くなり、スナックなどが稼ぐ二次会・三次会需要などはもちろんない。サラリーマンも店舗経営者も夜間に出歩く者は数少なくなった。
なにより、カラオケが感染拡大源とされたのはどうしようもなかった。年寄りが昼間に集まるカラオケスナックがクラスターとなったと報道が伝えだすと洋二の店の少ない客もカラオケを歌うコトが無くなってしまった。店舗についてはオーナーが共倒れを防ぐために賃料を少しだけ下げてくれたが、カラオケのレンタル料は変わらない。
アニソンのカラオケが売りだった洋二の店「アニソンの樹」はかなり厳しい状況となった。女の子4名には土下座していくらばかりかの手当を出して辞めてもらい、当初の3名だけとして、さらに金曜・土曜・祭日前の他は洋二とさわのふたりで店を回した。
この業界は他の仕事が合わなかったりした子、シングルマザーの女の子がとても多い。特に大きな店で女の娘が多いところはとても補助金などでは雇い続けられないが、その娘たちはどうすればいいんだ。自分の店でさえコレだ。そう思っても、ここで一旦辞めてもらわないと彼女らの戻る場所すら無くなる。何かあれば相談してと辞めてもらった娘には言ったが、洋二には何か出来るなにものもない。
お役所の時短要請には可能な限り従った。だが20時閉店では二次会以降が主であるスナック関連の店に客がつくワケがない。残った常連客に対してさわの作ったおにぎりと洋二がなんとか作る豚汁、冷凍食品のからあげやコンビニのザンギを用意して、暇な独身客に夕飯を提供して来てもらうしか手がない状態が続いた。ありがたいコトに常連客の一部はそれなりに来てくれたが、稼ぎはごくわずかである。冷蔵や製氷機の電気代にも届かない。
「スナックかるて」のまなみママは店を休業として、自分は人手不足となっている看護師時代にいた病院を手伝っているという。「Polarbear」は賃料でオーナーと揉めて、結局は店を閉めた。多角経営としてシロクマ店長が行っていた、すすきのにある居酒屋の打撃が予想以上だったらしい。郊外店に比べて賃料の高いすすきのは厳しすぎるのだ。
常連のサンタさんとトンちゃんは職場からの強い要請で夜の街には出られなくなった。地下鉄通勤すら禁止され、一部の職員にはレンタカーを支給したそうだ。いくら経費と言っても、金も人手もかかると困るサンタさん。若いトンちゃんはテレワークで楽になったかと思ったが、営業仕事は顔合わせてナンボで相手の会社の様子もわからないから怖いという。洋二も外回りが多い仕事をしていたので良くわかる。
対して電気店のデンさんだけは仕事が好調になったという。PCにも強く、FAXなどの事務用品も扱っていたデンさんはテレワークの機材の販売が爆上げとなり、さらにその指導もあり忙しいらしい。ただ、客先のチェックが厳しく、数日前までの行動なども通知せねばならないので飲みにはこられないそうだ。
「Fuchs(フクス)」のゆりかママから常連のフジさんのメールと見せられたメールを見て洋二は愕然とした。洋二とゆりかママに一晩の夢を見せてくれた、隠居してドイツに渡った『西森~West Forest~』の西森マスターがコロナで亡くなったという内容だった。冗談好きなフジさんだからもしやとも思ったが、その文面は嘘などと感じられるものではなかった。その晩、洋二はゆりかママと、とっておきのヴァイツビアを開けて飲んだ。
コロナは客だけじゃなく店も、人の命も奪っていったのである。
緊急事態宣言で店を閉めている間、洋二は悶々と暮らしていた。どこかでバイトがあればとも思ったが、どの業界も苦労している状況では難しい。ある意味、支給金や融資が受けやすかった業界にスレスレ飛び込んだ自分はラッキーだったかもしれないと思う。そう思いながら同業者のコロナ対応などをネットで調べる日々が続いた。卸もしてくれている酒屋さんたちが一番厳しそうだ。
さらには飲食店の感染防止対策の第三者認証制度などが急に必要になり、ちまちまと行っていた感染対策をさらに進める必要が出た。当初よりはアルコールなどの消毒用品も入手しやすくなったが、透明のアクリル板などの入手に手間取った。洋二は辞めたホームセンターの仲間等に連絡してある程度使える材料を入手出来たので、顔見知りの店にわけてあげるコトも出来た。何が役に立つかはわからないものだ。だがアニメキャラに溢れていた洋二の店は感染防止ポスターと仕切りのアクリル板だらけの店へと変貌したのだ。
コロナの猛威はジェットコースターのように上がり下がりしたが、店の状況はずっと右肩下がりである。すすきのでお世話になっていた店も数店が消えていった。緊急事態宣言が終わっても、もう客足は元には戻らないかもしれない。
もう、居酒屋で飲む人も、ましてや二次会・三次会と延々と団体でハシゴする文化自体が無くなったかもしれないのだ。そしてカラオケも半世紀が過ぎた今、どうにもならない状況を迎えてしまったのかもしれない。もうデイマーケットもナイトマーケットも、カラオケ自体が最大の危機を迎えているのだ。
「オタクバーなんて勧めなきゃ良かったわね、こんな世の中になるとは思ってなかったわ。」
ゆりかママが言う。金曜日だが客がいなかったため、さわに店をまかせて洋二は「Fuchs(フクス)」で飲んでいた。「Fuchs(フクス)」にも他の客はいない。チーママの志摩ちゃんも今日はどこかで飲んでいるらしい。誰にも遠慮なく、洋二は「Fuchs(フクス)」の「本当の定位置」である、カウンターの一番右の席に座った。
「誰のせいでもないよ。そりゃ前の仕事続けていれば感染対策資材で売り上げ上げて、またエリート顔で歩けたかもしれないけど、とうに辞めていたワケだし。最初の頃は凄く楽しかったしね。ただ、コロナの影響が消えても客足は簡単には戻らない。テレワークで家の心地よさを覚えちゃった人も多いだろうし、飲みニケーションなんて言葉も消えてしまうよな。こちらは飲み癖・歌い癖に頼った商売だからしょうがないけど。」
「まったくね。カラオケも全然伸びないし、カラオケボックスだって高校生客が入ってないみたいだからね。カラオケ屋の営業がボヤいてたよ。」
「なにか良くなる方法はないのかしら?」
「ウチの店的にはなくもない。」
「え?」
「素晴らしい新作アニメが出て、歌いたくなるようなオープニングとエンディングの曲がどんどん流行れば客足も少しは戻ってくるさ。高校生相手のカラオケボックスもそうだけど。いや、アニメだけじゃないな。俺たちは素晴らしい歌の文化で飯食わせてもらって、そのかわりにその歌を作って歌っている人たちにカラオケの著作権料を返す仕事をしているのだからさ。」
洋二は思う、カラオケを歌うのも歌ってもらうのも文化の一つなのだと。
「それじゃ久しぶりに一曲、お願いしますか。文化の為に。」
ゆりかがカラオケの入力端末のOTO-NAVIを消毒して洋二に差し出す。マイクも消毒して使い捨てのカバーを付けて。面倒な儀式が増えたけれど、もう皆が慣れ始めている。
「それじゃあ、我らの希望、大ヒットアニメのウタ娘からGIRLS' LEGEND AIを……。」
ウタ娘は歴代のトップアイドルを、年代を揃えてアニメ絵(擬人化)したものでアニメもゲームを大ヒットしている。昭和と平成のアイドルを鍛えて、歌とダンスで勝負させたり出来る最新の大ヒット作、そのゲーム版のオープニング曲がGIRLS' LEGEND AI……なのだが。
「あれ、GIRLS' LEGEND AI入ってねぇ、あれD-SOUNDだけだったっけ?」
「そうなのよ、他の曲はだいたいあるんだけどねぇ。」
「ああ、残念だな、ならばアニメ2期のタイガーよ共に泣いてくれでいいよ。」
久々に歌った洋二だが、音程もリズムもやや悪い。マスクのまま歌っているのも結構つらい。洋二はつぶやく。
「やっぱり最近のJAMの採点、辛すぎない?」
「実力、実力(笑)」
そうゆりかに言われながら、5曲ほど歌って、洋二はゆりかに指でチェックの仕草をする。そろそろ帰らないと一人で店番しているさわが怒り出す頃だ。
「それじゃ後で、ウチでな。」
「はいはい、明日はヨウちゃんがゴミ当番だからね。」
「まじか、早起きするのかよ。もう寒いのに。」
洋二はそういいながら店を出た。ビルの外に出ると、かるく雪がちらついている。もうそんな時期なのだ。コロナの冬が明けてきたら実際の寒い札幌の冬が始まる。ふいに洋二の目の前のタクシーのリアドアが開いた。
「ヨウちゃん、乗って行くかい?」
馴染みのタクシーの運転手が声をかけてくる。タクシーのラジオからいつものバーチャルアイドルの歌も聞こえてくる(まあ、バーチャルアイドルになりきった地元アイドルの歌ではあるが)。知らないクリスマスソングだ。クリスマスにはこの曲をサンタさんにでも歌ってもらおうと洋二は思った。
「あ、ウチの店までだから歩きますよ。家帰る時に連絡します!」
「はいよ、開けとくわ!」
タクシー業界も大変だったらしい。なにせ札幌で一番客が動くすすきのが死んでいたのだ。観光客も宴会後の客もいないのだ……。一時は3割程度に台数を削っていたらしい。いや、洋二たちと同じでまだまだ客足は戻らないだろう。今年のスキーシーズンは少し稼げるといいが、雪まつりの規模縮小で観光客はどうなるのか。その心配は当然、洋二たちの心配でもあるのだ。
頭とコートの肩に雪を載せて洋二は歩いた。さほど遠くない道のりも、マイナス気温の中では堪えるのだ。「アニソンの樹」に戻ったら、さわに熱燗でも作らせようと洋二は考える。どうせ客もいないだろうしな……。
「アニソンの樹」の入るビルの地下に降りると、初代ワンダバの主題歌が聞こえて来た。数小節ごとに声が変わる。もちろん洋二の知った声ばかり、何人で歌っているかなんてすぐに分かる。洋二はスマホをポケットから出してSNSを立ち上げ、ゆりかにメッセージを送る。
『店、早締めしてこっちにこないか?なんか皆集まっているみたいだから。いつものタクシーの運転手に口止めするのも限界だし、そろそろ俺たちのコトを報告しようよ。志摩ちゃんも連れてこれないか?』
ゆりかからの返信を確かめて、洋二は「アニソンの樹」のドアを開ける。
「マスター遅いよ、何やってんの!」
サンタさんが叫ぶ。
「若さゆえの過ちだな。」
こちらはデンさんから。
「ヨウちゃん、駆け付け一杯、そして駆け付け一曲!」
まなみママ、元気で良かった
「お客さんが来る時ばっかりいないミャ。」
すまんな、さわ。
「お土産にヴァイツビア持ってきたわよ。」
ジャガーさん。横ではフジさんが笑っている。
「ワンダバ縛りですよ!」
トンちゃんが言う。隣には眼鏡の綾ちゃんが座っている。
「よし、今日は簡単には帰れないからな、ゆりかと志摩ちゃんも来るから。よし、歌うぞ!」
洋二はMASS、1リットルジョッキに入ったヴァイツビアをカブ飲みして、マイクを手にした。曲はサンタさんが勝手にもう入れている……。深夜の宴はゆりかと志摩ちゃんが合流してもたっぷりと続いた。
宴のあと、いつものタクシーに乗り、ラジオから流れるバーチャルアイドルのクリスマスソングを再度聞きながら(まあ、バーチャルアイドルになりきった地元アイドルの歌ではあるが)、まどろみの中で洋二は思う。こりゃ、明日は早起きなんか絶対出来ないな。横で運転手とシメパフェの話しているゆりかにさんざん怒られるな。まあ、それもいいご褒美かもしれないか……。
~fin~