叔母(80歳)に手紙を書きながら・・介護ウツを思い出す!
叔母(80歳)に手紙を書きながら・・介護ウツを思い出す!
昨日まで、スゴ運「名前物語」プレゼントの応募、ありがとうございました!今回チャンスを逃した方は、またの機会に応募してね!
今日は午前中は私の視力が急激に衰え始めて、気になっていたので眼科に行ってきました。稲沢市、気温37℃で、道路から陽炎が立ち上ってました・・・
さて、父の100日法要を9日にするので、新盆も一緒に。なにせ、この暑さ、母が熱中症にでもなったら大変ですから。お寺様もお盆を控え、大忙しの中を朝の9時にお時間をいただきお気遣いに感謝しています。
母は「人生私が主役」なので、私がお布施とかのことをすると、翌日タクシーに乗ってお寺様に二重にお布施をしたりしちゃうの。
それで、葬儀の後でお世話をかけた叔母も「姉にしっかり言うから、1周忌までの予定表を書いて送って」と、助けてもらえるとの電話をもらい、今朝は、お布施の表書き、金額、墓石の名前を入れるのに、石屋さんの費用、墓石動かすたびに発生する「供養」のこと。当日の持ち物、お布施の袋、花の事や、線香のことまで表にしてプリントアウト。プラス、お手紙を書きました。
ちりめん細工が得意なおば↓
父が入院する3年前までは、あわせて180歳の両親の介護のことを、親戚には言えませんでした。なんといっても父のプライドが傷つくし、親戚は両親の兄妹や従姉妹、悪口を言うようで気が引けて、私だけがドンドン沈んでいく・・・それも家庭悲劇という泥沼に・・・だったんです。
母のトンデモナイ行動にも、父は「甘かった」し、母のことを言うと、父を責めてるようになるので、父から話題が出ないと言い出せない。
水面下で母娘の「泥仕合、仕返しごっこ」のような状態が起きていたんですね。
母は私が父に告げ口できない、という弱みを知ってるからリミッターなんてないの。スゴイ圧力で、父が免許を返上してからは、最初は「アッシー娘」として、介護のスタートを切ったんでした。
母を車に乗せて、買い物に行くとティッシュの「鼻セレブ」ですら買えないの。
笑っちゃうけど、私としてはティッシュとかトイレットペーパーこそ、こだわりたいところなんですよね!一日何回も使うものですし、日常の贅沢品ほど心豊かにしてくれるものはない!
それも松竹梅の梅でも松でも100円ぐらいしか値段の差はないのよね!
それなのに、母は「あなたは離婚して生活大変なんだから、贅沢なものは止めなさいよ!」とか、イヤな事いうわけ。それも、ドラッグストアで大声で言うの。私が塩かけられたナメクジのように一回り縮むのが、母には「快感」なんです。
教えてやっている、正しい事を言っていると母は思っているんですが、私はこの言葉を言われるたびに屈辱を味わうのね。
カウンセリングでは「オウム返し」という作戦を習ったんですが、
「あなたは離婚したから節約しなくちゃね!」と言われたら
「私は離婚してるから、節約しなくちゃならないのね?」と会話を続けろってことなの。
ドラッグストアで、母にデカい声で恥かかされて、自虐の「オウム返し」したら、どうなると思う?
確かに、母には「あなたは、こう言ってるんですよね!娘を侮辱して」というアテンションにはなりますが、それは仕事の打ち合わせとかには有効でも、私には「屈辱」X2回の「屈辱屈辱屈辱」になるわけ・・・
介護者の4人に1人は介護うつ
「介護ウツ」専門のカウンセリングがあればよかったのに、「毒親」とか「DV家族」の専門家はいても、介護ウツは、「人並みの事をしろ!」という世間の目が白くて冷たすぎるんです。
だいたい、両親の周りの人は「大事に育てられたから、今長生きしてもらって恩返しできるわね」とか「あなたしかいないから、優しくしてあげてね」とか言うのね。
こればっかりだし、母は親戚中に私の子供のころから悪口を言ってるものだから、「出来の悪いムスメ」像が出来上がっていたの。本当に、ツライのよ。そういうのって。当事者じゃないとわからないんだけどね。
でも、
私がカウンセリングで挫折したのは、脳の書き換えが3日間で出来る人が本当にいたことだったの!私は、どうしても出来なかったのに・・・