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あーあ、もったいない、もったいない、それにしても、もったいない「王騎」

実在の王 齮(おうき- 紀元前244年)は、中国戦国時代末期の秦の将軍。同じ秦の将軍、王齕との同一人物説があります。秦王政元年(紀元前246年)、秦王政が即位すると、蒙驁・麃公らと共に将軍に任じられる。
秦王政3年(紀元前244年)、同僚の蒙驁が韓を攻め13城を取るも、同年に死没。


なお、『史記』「秦本紀」に登場し長平の戦いなどで活躍した将軍王齕は「秦始皇本紀」では一切触れられず、逆に「秦始皇本紀」で初めて現れる王齮は「秦本紀」には登場しない。


遅くとも南朝宋には王齕と同一人物である可能性が論じられており、裴駰の『史記集解』は徐広の説を引いて、「齮」字について「一に齕に作る」と述べている。Wikiから。

さて、『キングダム』の王騎にとって、馬陽という地はとても辛い過去がある場所。馬陽は、かつての六将時代に王騎・摎(きょう)・昌文君(しょうぶんくん)と共に奪った土地。その際にフィアンセの摎が龐煖に殺された地でもあった。

摎は昭王の実子でしたが、素性を隠され王騎の屋敷で、召使として育てられました。男顔負けの立派な武人に成長し、『戦いの天才』とも称されたほど。そんな摎は、子供の時に「城を百個とったら妻にしてほしい」と願い、王騎とは約束を「ウフっ、いいですよ」と交わしていました。


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その馬陽は、摎にとってその百個目の城だったの!もちろん王騎もそのことを忘れているはずもなく、前夜には彼女を訪れています。この城を落とせば摎は王騎の妻になる予定だったけど・・・・戦死しちゃったんです!


摎はこの地で龐煖に討たれました。王騎の苦しみは察するに余りある…。王騎は怒りと悲しみを抑えきれず、龐煖に襲い掛かり、顔に深い傷を負わせました。その時、龐煖は深手を負い「我が武が及ばなかった」と再び王騎を倒すことを決意していました。。


王騎は長い間、秦軍を率いるのを拒んできましたが、この馬陽での戦いでは、過去のしがらみと訣別するため参戦したの。熾烈な戦いから九年。
その因縁に決着をつけるべく、再びこの二人が対立します!圧倒的戦力差となり一方的にやられていく秦軍。


王騎はこの死地の中、少しでも早く決着をつけようと龐煖へとどめを刺そうとした!しかしその瞬間、中華十弓の一人である李牧軍の魏加(ぎか)が王騎に一矢を放ちました。その矢は王騎の背に命中。その直後、王騎は龐煖に討たれてしまうのです!

あーあ、もったいない!スゴ運なだけに、残念無念!

さて、こんなエピソード満載の王騎将軍のスゴ運はいかに?
王騎・王齮・王齕の同一説をとりますね!


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 王座を占める者。実力で第一位にある者 象形文字で、古代中国で、支配の象徴として用いられたまさかり 「まさかり」とは、「片手でも使用可能な小型の斧、斧よりも大きさが小さくて、重さが軽い道具」のこと。矛は「斬る」ことを目的としているため、先端部は丸みを帯びた形状


騎・齮・齕  馬などにまたがる。のる。「騎者・騎士・騎兵・騎手・騎馬・騎虎(きこ)・騎射」齮 呉音 : ギ 漢音 : ギ 齧る、噛みつく。齕 かむ。 かじる。 かみつく、類似音として岐、わかれる。ふたてにわかれる。ふたまた。えだみち。「岐路・岐道・分岐・多岐」

性格

・好き嫌いはハッキリしている、どちらにもとれる「ウフ」連発。
・親しくなった相手から「最初の印象と違う」のは実は優しいから
・自分の考えを相手に伝えることが苦手「ウフ」で済ませる
・冷静で知略型に見えるが、実は情熱的正義の味方派
・己の美学に基づいた行動しかしない。

長所

愛情深く情熱的な慈善家タイプ。ボランティア活動などに向いています。特出した「奉仕」の心を持つがゆえに、スゴ運としてのカリスマ性はトップクラス。自分の感情を表現できるマイワールドでは、本来持っている温かさや優しさが表現でき、仲間からの信頼を得ます。

短所

感情を表に出さないため、「何を考えているか意味不明の人」というレッテルを貼られ、ひとから当てにされない=重用されないことがあります。博愛主義のため自分の「心」を見せません。人から誤解を受けやすく、理解者は少ない。己の美学のため、自己犠牲の突発的な行動に出る不器用さがあります。

適職

慈善家、王様、宗教家、宇宙飛行士

総合すると、第一印象とギャップがある人は王騎タイプでしょうか?
親交を深めて、じわじわと人柄の良さが分かってくるタイプです。

王位に手が届く環境。もしくは王位を継承する権利を持ちながら、自分の美学に従い「見苦しく」権力を欲することができない・・・名前にある「齧りつく」方向が、分岐して「己の美学」か「王位/権威」か?この二つから王騎は最終的に「己の美学」を選んだ。

なりふり構わず、自分だけでも逃げて生きながらえる「家康」「信長」と違うのは、愛する人の喪失から、王騎の中には「死」への誘惑が絶えずあったと思わざるを得ない。


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