腰痛で「可哀そうな私」に発狂寸前!自己憐憫は病気の素!
6年前、腰痛で歩けなくなった時は骨の異常よりも未来の「歩けないカワイソウナ車いすの私」に発狂しそうでした。
痛みがあるとご飯も食べれず拒食症みたいになってしまうんです。 痛みは「鎮痛剤で脳に痛みを感じないと錯覚させる」ノルスパンテープで解消しました。その薬はシールを貼って皮下吸収で脳まで「痛くない」という指令を出すという薬、効果も貼ってから24時間以上たってから4日間ぐらい効く、という画期的な鎮痛薬です。
しかしながら、痛みには強烈に効くけれど、痛みを感じさせなくする部位の隣に満腹中枢っていうのがあるらしいの。
それで痛みは無くなったけれどお腹は空かない・・・私にとっては大変な副作用でした。腰痛が激しくなった時点で食べれなくなったので、胃が小さくなってしまった。
そのうえ、お腹が空かないとなったら体重が激減するの。私の場合は拒食症レベルまで体重が落ちて腰痛なくても「歩行困難」になっちゃったの。それで麻薬系の鎮痛剤はやめたの。
その後「鍼治療」に専念して回復しましたが、事あるごとに先生が「最近お母さんどう?」と聞いてくれてストレスを発散させてくださっていたの。
鍼の先生は、腰痛はストレスと怒りからくるって熟知されていたの。だからみっともなくて言えない両親との軋轢も「話せた」。はじめは世間話でしたがトークの中で原因を探っていらしたのね。
「昨日は紅茶が入ったカップを投げつけられて火傷するところだった」とか「書置きして家出されて警察に行方不明の届けを出した」「静岡の母方のお寺さんが見つけて通報してくれて、家にも連絡もらった」など恥ずかしい家庭内の事件を先生になら話せたの。
この「恥」のアウトプットが薄皮を1枚1枚はがすように腰痛を治す手助けをしてくれた。
歩けるようになってから先生が「ストレスが病気の素なんだよ。」だから「杖なしで歩ける」って、体に沁み込ませて「ともかく散歩」と教えてくださったの。
今も定期的にメンテナンスに通っています。主治医の「脳を錯覚させる!」先生のこの言葉はずっと心に残りました。
歩けるようになってから筆跡に辿り着き、学ぶ過程で「被害者意識はこうやって書いて止められる」と毎日名前を書いて書いて書きまくりました。
そのぐらい「こんな自分はダメ」だっていう意識が片時も無くならなかったの。そのおかげで、手書き文字の力を身をもって経験することができました。
おまけに私の苗字の「丸」は怒りを鎮める「セラピー文字!」。
「怒り」の無い方は「丸」という文字を書くときに心理的抵抗を感じるとか。私はエイヤッとかける。 それこそ怒りの無い人は書けないってことに、「エーっ!」と驚きました。
「腐っていく自分」「枯れはてていく自分の未来」に対して、ものすごく強烈に怒っている自分でした。
私のドリームキラーは「未来に対する恐怖」だったんです。
誰でも、私の年になれば、両親の介護をしているけど仕事もしているよね?
それどころか、ご主人の両親のお世話までしている人だっている。
だから余計に「なんで私の両親はこんな人たちなの?」思う「被害者意識」を恥じていました。その「恥」の感情。被害者意識の感情も書きまくることで、マイナス感情が収まってくると、「あ、そうか、こういう考え方が未来をダメにするんだ!」と、体感して実感。
書くことで、本当にスムーズに物事が運ぶようになりました。 だから、もし、あなたの考えがネガティブだったら自分が自分をダメにしていることを知って欲しいです。
「丸」を書いて怒りを鎮め文字を書くことで全然違う捉え方ができるようになるとお伝えしたいです。
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