名橋・旭橋秘話③48万本のリベット 3 旭橋を語る会 2024年11月13日 18:37 流れるように美しい旭橋の遠景は女性のしなやかさに例えられますが、近くで見ると金属板の締結に使う鋲(びょう)リベットが無数に打ち込まれていて、兜や軍艦を連想させ男性的です。使われたリベットの数は48万本、正確には48万6139本です。リベットは、どうやって打ち込んだのであろうか。現場の地上にいる作業員が、コークスのなかで真っ赤になったリベットを火ばさみ(トング)で挟み、勢いよく上に投げ、上の足場にいる作業員(*カンカン虫と呼ばれた)が、それを金属製のグローブのようなもので受け止め、それを鉄板の穴に差込み、はみ出た軸部を叩いて潰す。コークスを熾(おこ)す人・リベットを上に投げる人・受け止める人・叩いて潰す人、と、1本のリベットを止めるのに4人1組で作業を行った。何組いたかは定かではありませんが、最も高いところで17メートルにもなりますから、職工さんたちの仕事もまた神業的であり過酷なものであったと想像されます。全て手作業ですから、気が遠くなるようなことであったと思います。「真っ赤に焼けた鉄の棒を下からビューン! と上の人に投げると、ヒョイと受け取って『ダダダダ!』とリベットを打ち込むんですよ。すごい音が響いていました。陽が沈む頃になると、赤い棒が美しく上がってゆくのを飽きずに見ていたものです。その音は護国神社辺りでも聞こえました」・・・。これは旭橋60年誌「還」に載っている山本昌利さんの証言。東京墨田川に大正15年に架けられた永代橋でも「ハンマーでリベットが叩き込まれた」と伝えられているので、その時代は一般的に手作業であったと推測されますが、旭橋は当時としては珍しい鋲打ち機が使われていたと思われます。ちなみにハンマーは、先端が凹んでいたと言われます。鉄材の多くは予め地上の作業でリベットが打ち込まれ一定の部材となったものをさらに上で接合するという作業であったと推測されます。*カンカン虫→船や建造物に虫のようにへばりつき作業をする人。また、作業をする時の金属で金属を叩く「カンカン」という音が由来。英国の豪華客船タイタニック号の沈没原因は「謎」とされ、米国の科学者が「氷山に衝突後、短時間で沈没したのは、造船会社が建造を急ぐあまり十分な強度を持つリベットを使用しなかったのが原因」という説を発表したとき大きな話題になったことがあります。旭橋は、コンピューターがない時代、ソロバンと筆算で複雑な構造計算がされ、当時として最高の技術と資材が使われました。リベットも最高のものが使われ、橋を長持ちさせている要因の一つになっています。最高の技術と資材を使いすべて人力で作られた旭橋は文化財の価値があり、どんな時代になっても市民に引き継がれていくべき建造物です。昭和25年、開基60周年記念事業として旭川で北海道開発大博覧会が開催されました。その主会場は、旧美幌飛行場の格納庫を買収して常磐公園に移設した、後の市立体育館です。この工事も旭橋のように大規模なものではありませんでしたが、リベットの作業がありました。 旭橋を語る会会長(当時) 関根正次北海道経済2013年4月号昭和25年、開基60周年記念事業として開催された北海道開発大博覧会 ダウンロード copy いいなと思ったら応援しよう! チップで応援する #作業 #リベット #旭橋 3