14.戦国時代の女子の思い
「そのようなものに何も思うことはない」
菊子は冷たく言い放つ。
「所詮は、男どもが自分たちの力比べをしているだけではないか」
西郷は少したじろいだ。先ほどまでの弱々しさとは違い、菊子の態度が強くはねかえすように言葉を発している。
「とはいえ、先の関ヶ原ではその天下取りを東西に分かれて争うたのでは?」
「それはそうだが、それも利家殿が亡くなられ、家康殿も勝手に振舞うようになり、そこに三成ら奉行衆までもが輝元殿と起請文を交わすなど、皆が太閤殿下の平和への気遣いを捨て去ろうとした内輪揉めではないか」
「秀頼様はその三成ら奉行衆の総大将では?」
「なんと恐ろしいこと。秀頼は7歳ゆえそのようなことに関わらぬ」
西郷はその菊子の鋭い目線に気の強さを感じた。
「たしかに」
西郷は、菊子から目線を外し俯き加減にうなずいた。自身が知る淀殿の気性はそのまま目の前に現れた淀殿と同じだが、どうやらその強さは母としての強さではないのか、子を持つ母親としての当たり前の心情ではないか、と受け止めた。
西郷は話題を変えようと切り出した。
「今年の初めに、徳川様は江戸にて幕府を開かれましたな」
今は慶長8年(1603)年の秋である。西郷が捕われてからすでに夏は通り過ぎていた。
「そのよう」
「太閤殿下が捏ねられた天下餅が、家康に食われたということで」
「知らぬ」
「知らぬ?」
西郷は驚いてまた菊子のほうを見返した。
「男どもの争い事にいちいち決まり事をこさえたり、互いの言い分を聞き、上意を言い渡すなど、面倒でしかないわ」
「なんと」
「それを、家康殿が幕府をもって代わりにやってくれると言う。ありがたいこと」
菊子は続けた。
「当家は太閤殿下より秀頼に家督が譲られた公家ゆえ、幕府を開くことなどできぬ。家康殿は武家ゆえ征夷大将軍をお受けになり、幕府をもって公儀をなし世をたいらかにしてくれるというのですよ。このようなありがたいことがありますか」
「なんとも、殊勝な心がけで。この西郷、感服いたしました」
菊子の態度がまた柔らかくなる。気性の変遷は激しいが、その口から出る心の声は、きわめて冷静であり、織田信長の血筋たる頭の良い人物であるのはひしひしと伝わってくる。
「聞けば、家康殿も幼少の頃から今川に人質に出され、苦労したと聞く」
「そのようで」
「この争い事ばかりの戦国の世に、振り回されたものにしかわからぬ願いがある」
「と、いいますと?」
菊子は顔に笑みを浮かべて首を傾げ、優しげな目線で西郷を見て、そのあと障子を開けて外の風を入れるように命じた。秋口の涼しい風が部屋の中に入り込み、西郷の頬をなでる。
「私がなぜ太閤殿下の妻となったか、おわかりになるか?」