ペットみたいな食卓の楽園
涙をこぼさずに人魚姫は消えたのだろうか。
一滴も?
そんな、それってもうバカでは?
「なぁ機嫌なおせって。お前がいちばんだよ! わかってんだろ。こーして戻ってきてる。今回も。いつもそうだろ」
「……うん」
(ゴハン食べにね?)
食卓には、彼が大好きな揚げたてのコロッケが積んである。
あたしのカレシはもうすぐ夫になる。
あたしとカレを見て、人は言う。美女と野獣の逆だね、と。友人ですら言う。あたしは笑って確かにな、なんて、言う。
けれど、男は胃袋でつかめというけれど、幸運なレア女に見られているけれど、あたしの実態は、空虚なウソを並べたてたインスタみたいなものだ。
コロッケを食べてカレは、はふはふ、もうお礼の言葉も「うめー!」と驚くふりもなく、当たり前の日常として食を満喫する。
コックさんは、あたしだ。カレシなのでセックスもするにはする、何度か、月に。
婚約もしていて、あたしは薬指に指輪があるけれど、食卓の向かいの彼の指には無い。
この指輪は彼が用意したもので、どうしてかプラチナのはずなのに、ニセモノな風合いと印象が拭えなかった。どこからどこまでニセモノなのか、線引きができない。
本当は、この食卓すら、このマンションですら、ホンモノでは無いから。
あたしは、でも泣かない。
泣けない。
バカだから。
人魚姫みたいな、見た目のイイ美男があたしのゴハンに食いついて離れられなくなって惜しくなって結婚するこの男が、ペットみたいでかわいいし、好きだから。
どっちもバカだからだ。
きっと、彼も人魚姫なのだろう。泡沫の愛をいくら誰と交わそうと、もしも仮に熱烈に恋をしたって、ごはんの時間になったら、あたしを思い出すんだから。
帰ってくるんだから。
必ず。
バカなあたしたち、でも。
同じくらいの人間同士だから、うまくいく。うまくいかせる。子どもがはやく欲しい。彼をもっとバカにさせるんだ。
あたしの方が、少しは賢いでしょう。
料理はとびきり上手だし。
END.
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