ドライに喰う怪談
「最近、ドライマンゴーが好きなんだわ」
なんの脈絡はなく、人魚の花子は言う。花子とは、磯辺で花子を発見した幸也によって命名された仮の名である。
幸也は、今まで差し入れしてきたものを思い返した。確かに、最近は女子力高めのが喜ばれるかな、なんて思ってドライフルーツにしていた。
「この、なんつか、ムッチリしてむにむにして、噛むとでも、なめらかなの。あまいザラザラが表面を覆ってるのも好き。たまぁに、繊維が口に残って不快なんだけど、ご愛嬌だわな」
「じゃあ明日はドライマンゴーにします」
「いや、このドライバナナも好き。カリカリしてんの。こういうの、好きだわ」
「じゃあ、別のドライフルーツ探してきます。それでどうですか?」
「おっけ。あんがと」
花子は潮に金髪ウェーブをなびかせながら、袋からドライフルーツを漁っている。コーラル色の魚の半身に、上半身は女のヌードであられもない肢体を晒している。朝日を浴びて、まだ濡れている人間の部分は、ぬめぬめと光沢を帯びていた。
花子は鼻梁が高くて西洋の白人面をしている。整った顔立ちのほほがハムスターのように膨らみ、バナナを蓄える。
ばりっぱりっばりっ。
ドライバナナを噛み砕きながら、花子は、コーラルピンクの尾ひれで岩を叩いた。花子はいつどんなふうに見ても美しいなと改めて幸也は感心した。
その感動は、けれど経済動物である豚や牛が立派に生育しているのを確認する、農夫のそれに、かぎりなく近い。幸也はまだ高校生でアルバイト経験もないが、ペットの飼育経験はある。あくまでペットで、愛玩対象だったけれど。
花子はほほいっぱいにバナナを詰めて、カラッポにした袋を幸也に向けて投げた。
飛ばされそうになるそれを、あわててジャンプして捕まえた。花子の首輪がじゃらりと音を立てて、花子が岩陰に隠れたのがわかった。
花子を見つけて、捕まえて、飼育してそろそろ4ヶ月といったところだ。
花子が自嘲しながら告げた。
「食うときゃ乾物にしてよ。ドライマーメイドになりてぇわ、あたし。こんだけうまいモンになれるなら、まぁ、まだマシだわ」
魚の干物は、乾燥しきって、パサパサになりますけどね。幸也は喉にきた言葉を押しとどめて、飼育する人魚にせめてもの慰みを与えた。やさしそうに、温和な声を出した。
「花子、きっとドライマンゴーみたいにムチムチしておいしいし、骨はドライバナナみたいにパキパキしておいしいし、ボクがちゃんとぜんぶ食べるから安心してください」
ケッ! 花子が悪態をついた。
END.