プロ未亡人のお薬
夫を亡くした。人魚姫が。夫は老衰である。齢77、ずいぶんと長生きしたほうだ。
それもそのはず、人魚姫は人間飼育のプロである。
飼ってきた、もとい結婚した人間の数などもはや数えていない。けれど愛した人間は男女を問わず顔を覚えている。皆、大切な愛し子たち。皆、大切に飼育して老衰まで生きながらえせた、自慢の恋人たち。
恋多き女である人魚姫は、やがてはプロ未亡人にゆきつくもの。
なにせ寿命に差があるから。無限の時に庇護されている人魚姫はうら若き乙女のすがたを保ちつづける。ホコリを決してかぶらぬ彫像のようにして。
一方、定めのある人間たちは、泥臭く生きてやがてシワができて背中が曲がっていく。衰えていく。人魚姫が熱狂する、愛する変化のひとつ。ああなんて不思議なメカニズムなのかしら、愛らしいわ!
人魚姫のなかでプロ未亡人となった人魚は、魔女の薬、人間に変身できる薬のお得意様でもあった。プロ未亡人の毎日は忙しい。人間は、赤ちゃんみたいで、世話が必要だった。衰えるまでは生活の心配はさほどないが、メンタル面での育成がなかなかに困難なのだ。特に人魚姫が隣にいると。
あたしも、おれも、人魚姫になりたい。
そう懇願されたことは数知れず。しかしプロ未亡人たちが魔女にそんな依頼をしたことはない。
どうして可愛らしいところ、老いる愛らしさを捨てるのかな?
プロ未亡人たちはこっそりと、疑問に思う。
所詮は人魚姫と人間の恋。
人外と、人間の、恋。
相容れぬのだった。愛し、愛されるに問題はないけれど、ね。
END.
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