金魚に人魚は問いかけた

「力が欲しくない?」

『……間に合ってますけど……?』

金魚ばちを泳ぎ、デメキンは当惑に無いはずの眉をひそめるようだった。

飼い主の友人と遊びにきたはずの、小学生の女の子は、どうしてか、会話ができた。飼い主の男児なんかどうでもよさそうで、ペットボトル500mIサイズまで成長したデメキンに興味津々なご様子である。

スゴいね、ほんとにでっかいねー、よく育ったね! 角谷くんってウデがいいね!

そ、そぉかなぁ、じいちゃんがほとんど世話してて勝手にここまでデカくなったんだけどさぁ〜〜?

まんざらでもなさそうに飼い主は頬を赤くしていた。ジュースとってくる、とリビングをはずしたとき、女児は問うた。

「力が、欲しいでしょ? そんなに育って。もっと強くなれるし、もっと生きられる。力が欲しいでしょ」

『嬢ちゃん……満足してんだ……ここで、こんなに育って、ここしか知らんが俺の毎日はべつに退屈でもない。じいちゃんの話し相手が俺なんだよ』

「力が欲しくないの? 変わった金魚ね。ううん、変わった、生命体だね……」

数秒して、あきらかに侮ったセリフを彼女はくちにした。

「金魚のくせに」

なら、あんさん、なんなのさ?

デメキン金魚はそう問いかけたくなったが、よくない予感が金魚なりの生存本能を介してうずうずした。女児はなんだか忌まわしい。

きれいで可愛いらしくて、飼い主の男児はすっかり夢中でわくわくした顔をしているけれど。オレンジジュースを2つ待ってきて戻ると、女の子はもうデメキンに話しかけなかった。夕暮れどきがくると、母さんが携帯ゲーム機をやめるように小言を言った。

ちぇー、息子がさかんに残念がる。女の子は素直にゲームをやめてふふふと笑った。

ふふふ、ふふふ、笑って、リビングから去り際にもう一度だけデメキンに流し目をやった。男児に礼を告げた。

「ありがと。ほんとう、おっきな金魚だね。見せてくれてありがとね」

「ま、また、ま、まぁ、いつでも来いよ!」

ふふふふ、女児はイタズラっ子みたいにして笑い声をくちに含んだ。おおきなツルツルピカピカに磨かれた金魚ばちのデメキンはなんとなく予感した。

(このメスと会うことは、もう、ないな。だってコイツは人間じゃねぇから……)

「それじゃあ、また学校でね!」

鈴を鳴らすほど可愛らしい声帯をならし、彼女は立ち去った。デメキンは金魚ばちをぐるりとまわった。

おぉうい、息子、あの子には近付かんほうがいいぞと声があったのなら言えただろう。玄関のドアがしまる音。デメキンは、今更、ああ、力がほしいってこういうこと、と感じた。

でもそれだけだ。デメキンは感じただけで後悔も執着もなんにもなく、夕飯まで待つことにした。おじいちゃんがそろそろやってくる。金魚をここまで育てた、信用できるいいおじいちゃんなのである。

デメキンはおじいちゃんとこの家が好きだった。好きだから今以上の欲望も無。


END.

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海老かに湯
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