ヤンデレ処理ゴミ捨て場
みどうはるか。は、『あいうえお表』から、適当に拾われてきた名前だ。このキャラに名前は必要なし。システムのうえ、必要になる要素としてだけ、彼女が存在するからだ。
システムは物語を管理する。あまたのストーリィを統べる、神とも呼べるシステム。
「貴女の名は、みどうはるか。いいですか。これからステータス異常『ヤンデレ』と評価されたキャラクターが物語に必要以上にあらわれてしまった場合、貴女が処分するのです」
「はい」
みどうはるかは、たまたま作成された外見が日本人に該当していた。
黒髪に茶色っぽい瞳子、やや黄色みを帯びた肌。それが因果として処理され、日本刀が支給された。この刀で、物語からあぶれた、必要性がないのに『ヤンデレ』化してしまったキャラを斬って捨てる。
それがみどるはるかの職務だ。
*
今日も、黒面宇宙に放り込まれたどこかのストーリィの『ヤンデレ』が、悲鳴をあげた。
「オレが!! オレがアイツを愛してやってんのに!! オレ以上にアイツを愛せるやつなんか地球上にいねぇんだよおおおおおおおッ!!」
「ここは、地球ではないので」
みどうはるかは、斬って捨てた。
「あたし、やっちゃんが好きなのに。好きなだけなのに、好きなだけなのに? どうして!? やっちゃんなんであんな女と付き合うの!? あの女、殺してやる、殺してやる前にあたしが死ねるか!!」
「死んで」
みどうはるかが、斬って捨てた。
「なんなのあんた!? 死ね死ね死ね死ね死んじまえ!! 僕をはるちゃんんところに帰せよおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
「死んで」
みどうはるかが、斬って捨てる。
みどうはるかは斬って斬って斬り伏せて、愛情、破壊願望と承認欲求、依存と執着と恋と希望と絶望――ともかく、みどうはるかが知らなくてよいステータス異常の果てに『ヤンデレ』た者を殺戮しまくる。その人数が天文学的な数値となろうとも、みどうはるかはシステムだ。
システムとして『ヤンデレ』を殺しに殺した。
1000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000000013人目が、みどうはるかの存在する宇宙へと放り込まれた。
「――あ」
その瞬間、呻き声を漏らした者は、みどうはるかが該当する。みどうはるかは、零して落とさんばかりに瞳子を点、ちぢめて、瞠目する。
みどうはるかは、日本刀を抜き身で構えて右手で掲げているにも関わらず、痺れて指先一本もうごけなくなった。
目の前に放り込まれている者は、女の子だ。
みどうはるかに設定されている年齢に、近い。十六歳ごろ、女子高校生といったふうの少女。髪は金色に脱色して、目はグレーがかって薄い色。そして肌つやはよく、ほのかにピンク色の素肌をしていた。
少女の、色、形、姿、そして目の奥の瞳子――、それらを一瞬、ひとめみただけで、みどうはるかが停止する。
瞬間に落ちたのは雷だ。
「……ぁ、……」
みどうはるかは、あえかに呻き声をまた漏らす。日本刀を握る右手をだらっと落とした。ロボットが故障するように、あ、あ、うめいて、驚いて、酷く驚きつづけた。
「な、なに? アンタ、なに……? どこ、ここ?」
女子高生は、暗黒空間宇宙に、ただ困惑する。
みどうはるかは、つきうごかされた。みどうはるかは、知らずにくちにしている。「好き」
「へっ?」
「好き。あなた、好き。あなたのすべて、好き――」
みどうはるかは、放り込まれた次なる『ヤンデレ』の瞳子の奥に囚われて、夢中になって自分の知っている最高の褒め言葉をくちにする。
日本刀は自分の後ろに隠して、生まれてはじめて慌てている。
「ここは、宇宙。システムのごみばこ、でも大丈夫。あ、あたし? わたし? ぼく? えっと――、自分、が? 大丈夫。戻してあげる」
「へあっ? あにいってんの、アンタ?」
「……あなたは、自分を、なんて呼ぶ子が、好き?」
「へええええあ? あー、アタシ、あっちゃん以外はどうでもいいんですけどぉ~~っ? えー、でもアンタ、じゃあ、ボクッ子。ギャップ萌えで。どうでもいいけど」
「わかった。ボク、みどうはるか。あなたをここから助けてあげる。元の場所に返してあげる。ボク、あなたが好きよ」
みどうはるかが、はじめてのほほえみを浮かべた。口角をはじめて上げた。
春が訪れて新芽が咲いたほどの、ささやかなほほえみ。
瞬間、それはシステム最大最大級測定不可能レベルの大災害、愛のために神すらも斬り殺す、たったひとりの女になった。これ以降、みどうはるかはシステムの宇宙から姿を消し、システムすらも排除できない、歩く大災厄のおんなとなるのである。
彼女は、致命的な欠陥に指定されることになった。
みどうはるかは、今では斬り殺した誰よりもその異常の冠名『ヤンデレ』にふさわしいおんなであるが、彼女の呼び方など、この宇宙にはもはや存在しない。
END.
読んでいただきありがとうございます。練習の励みにしてます。