人魚姫のアートワークを

少女マンガ読んで、少女マンガ読んで、観て、観て、観て、観て、観て、観て、やって、やって、かな? 専門学校の恩師は言う。

なんで少女マンガに比重があるんだろう? そう思う間もなく、私は足元に気づかされる。水が迫っていた。絡みつき、汚水と泥を捏ねたこれが私を吸い込んでいった。アリジゴクの穴にハマったアリみたいにもがき、苦しみ、落ちていく。手を伸ばしても冷たい砂ばかりが拳につまった。砂を手中に潰しながら、ああ、もっと、もっと、私は求めてやまない。もっと創らなければとアリジゴクに呪われる。目が覚めると、夢と現実の境目があやふやで、こめかみが痛くなった。頭痛。

「一番、好きな作品はなんですか?」

「人魚姫です」

答えて、アートワークを差し出した。人魚姫ばかりをモチーフにしたイラスト、切り絵、ハンコ絵などの作品サンプルがつまっている。面接官が苦笑した。「きみ、変わってるねぇ」

就活をはじめて、複数の会社に同じことを言われてきた。腹がうずいて、指がむずむずして、家に帰ったらまた、人魚たちを描かなければ気が済まない気持ちの悪さが全身に覆いかぶさった。デザイン会社をあとにして、電車のなかで社名にバツをつけた。私の人魚姫を否定する会社は、私のほうから願い下げしたい。人魚姫。人魚姫を製作する私を許してくれる会社でなければいけない。社会に居場所を見つけなくてはならない。

昔、小学生のころ、母親に連れられて近所のちいさな遊園地に行った。手相占いなどのコーナーがあって、母は手相をみてもらった。その時間に、私は、母に渡された1000円札を手にどうしてか『前世占い』なんて描かれた暖簾をくぐった。

思えば、あれからずっと囚われている。熱病を患っている。あの老婆。あの言葉。あれから人魚姫をよく読むようになり、彼女たち、が、気になって仕方がない。

さぞや、無念だろう。悔しかろう。そして人魚姫は愚かだ。それを確かめるため、追憶するために、気づけば私は美術を志している。でも、人魚姫ばかりを描く私が、美術家なのか、あるいは二次創作作家なのか、境目は曖昧だ。専門学校の先生だけは許してくれたけど。少女マンガ読んで、観て、観て、やって、やって。

前向きなアドバイスをくれたものだ。就活のスケジュール帳を閉じながら、目を閉じると電車の揺れが海での波に感じられた。

がたん、ゆら、がたん、ゆら。

『前世占い』。占い師は言った。

「あんた、人魚姫の姉さんの生まれ変わりだよ。魔女に髪まで切ってあげたのに、人魚姫はあんたたち姉をむげにして死んで、それからずっと無念にまみれて生きてるんだねぇ。生まれ変わろうが、無念と怨念から逃れられないよ、あんたは」

がたん、がたん、ゆらゆる。電車が前後に揺れる。人魚姫のアートワークを、どこかに認めてもらわなければ、ならない。彼女を知ってもらわなければ。ダメ。

次はどこの会社に行こうか。


END.

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海老ナビ
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