魔女の稚魚の冒険

むかし、人魚姫に起きた不幸、あるいは献身的な愛がもたらした精霊への転化を、幼き魔女の子どもは知らなかった。なにひとつ。

母がなにも教えないからだった。
教える必要もなし。母にすると、そう。けれど魔女の子どもとは因果なものだ。因果応報の矛先になりやすい。
まるで、孵化したてのヒナや、魚の稚魚がいちばん死にやすくて、生き残るのがもっとも困難な時期である、それを体現しているかのよう。

しかし、だから魔女は、子を産むとそうやすやすと外には出さない。だから、魔女の子はやっぱり魔女らしく、残忍で無責任で恩知らずの自分勝手な性分に育ちやすかった。カエルの子がおたまじゃくしであってもやがて必ずカエルになるように。

魔女の子は、でも、やっぱりいちばん死にやすい多感な時期であった。

外の世界を見てみたい。誘惑に負けて家を抜け出し、風に当たった。かつて人魚姫が溶けた風のなかに。黒髪をなびかせて、魔女の子は、たなびく髪や、肌に当たる波しぶきを楽しんだ。

それが、やがて、かつて人魚姫だったモノの声なき咆哮と涙のつぶてに変わるまで、そう時間はかからない。
どんな世界のどんな生き物も、子どもは死にやすいのだった。

やがて、魔女の子は、海の水のしょっぱさに気がついた。
今までずっと海中にいたのに。

涙の味である。手遅れだった。



END.

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