37さんの妖怪のヒミツ
皆さん、手紙をもう永らく書いていないのではありませんか。
美奈さんは、手紙が好きでした。
手書きの文字が好きでした。皆さんの文字をひとつずつ見ていくのが好きで、国語教師になりました。そこで、美奈さんは、皆さんのお子さんがケータイやスマホに夢中になってゆくさまを、愕然と唯、見ておりました。
文字はガタガタして、スマホの持ち込みが一般的になった今では、漢字ひとつもスマホから調べて書くしまつ。文面をそのままネットから書き写して、句読点がコンマになっていたり、何も意味がわからず丸写しされていくしまつ。美奈さんは悲しみました。
七夕の短冊を見て、皆さんの文字を見て、美奈さんは複雑な思いです。
ずいぶんとキレイな文字を描ける子が減った。
すなおに、そう思ってしまうのです。美奈さんは自分を責めました。精一杯に生きている子どもたちに、なんて酷いこと。子どもたちは悪くない。何かが悪いとしたら自分の、古い感性だろう。時代についていけない、手紙を出すことが好きな、旧時代の自分が悪いにちがいない。
美奈さんは、優しい字を描きます。けれど、年を経るにつれて、優しい字のまま、だんだんと厳しくなりました。
「きみ、字がちょっと整っていないね。もっと練習しようね」
現代に合わせて言葉は優しいです。ですが、中身が、まったく優しさとかけ離れていきました。
美奈さんは、やがて憎んでしまったのでした。
汚いない字を。
文明を。
ネットを。
スマホを。
皆さんを。
美奈さんは、公立校を転々として、今は教頭先生になりました。皆さんのお子さんはこんな陰口を叩いておりますね。
「文字ババァきたぞ」
「手紙ばーさん、くるぞ」
「字が汚すぎるとさ、腕をひっぱってきてずっと文字を書かせて、そんで下手くそって叫んで体を引きちぎってくるんだって。そんで手足で『こう書くんだよ小童!!』……ん? カッパ? まぁそう叫ぶの」
美奈さんは、皆さんの妖怪にこうしてなってゆくのでした。SNSをとおしてミナさんの怪談が伝わったので、ミナさんも、そうとう、怒っていることでしょう。
妖怪ミナさん、または、妖怪37さん、誕生のひみつでした。
END.