識るもの不在のパーティー
海の館で出されたお膳には汁物がなかった。
まぁ、海中であるからな。汁物なんて存在すらすまい。勇者なりに察して、枝きれを削り出した箸を受け取った。
「あいすまぬ。急な訪問にかような歓待、こころより感謝いたす」
「いえいえ、この竜宮城。海の天気がごとく気まぐれで賓客を招きはすれど、訪問者などはじめてのこと。聞けば万国を旅する宝剣の勇者がそちという。この海には、竜退治にきなさったか?」
「いや、すまぬ。竜退治は確かに経験はあるが、あれは成り行きあってのこと。意味もなく討伐などはせぬ。ここには1000年を生きるという賢者を探して参ったのだ」
「1000年。それは、ヒトではあるまいと知ってことか?」
「じゃろうな。ニンギョと呼ばれていると聞いた。いや、かような宴の席で早速本題に入ってすまぬ。宴ではなくぱあていと我らのうちでは呼ぶのだが、旅の仲間をパーティーと呼ぶ。ながらく、うちのパーティーには賢者が不在でしてな。1000年も生きてればヒト社会においては大賢者なり、ぜひとも我らのパーティーに参加して欲しく、海の泡を身につけてこのように、海の冒険にでておる」
「まぁ、まぁ、おや、おや。それなる話は人魚姫がさぞ喜びましょうや。ただし、1000年をかぁるく生きると申しても遙か昔から海のなかぞ? 箱入り娘であるぞ。賢者と呼べるかいな」
「地上の賢者もいかに生きようとも地上しか知らぬ。海になろうが、賢者は賢者とみなされるものかと」
「なるほどのぉ。そうまでしてぇ、人魚姫をぱぁてーに加えて、果たしておぬしは何を討つのだ?」
「さしあたっての目的はありませぬ。害なす獣がおりますれば斬ります。しかし、我らは旅好きの集まりのようなもの、同好会のようなもので……」
「なるほどのう」
宴の席からスッと立ち、乙姫は着物の帯をほどいてやおら脱ぎはじめた。現れたのは人魚姫の玉体であり、下半身に虹色のウロコを並べた美しい人魚姫である。
「わらわ、乙姫にして、人魚姫とも言う者じゃ。そちの遊戯に付き合ってやってもよかろう。ぱぁてー? とか? 誘うがよろしいぞ」
「おお、あなたが! では、ぜひとも我らがパーティーに!」
「ほほ、よろしいぞえ」
かくして人魚姫が勇者の賢者枠に収まった。宴のあとは、人間の足を手に入れるために海の魔女に魔法薬をもらいに行くことになった。魔法薬は、瓶にはいって蓋こそしてあれど、液体であった。
人魚姫、あるいは乙姫がぐびりと飲む。勇者は感心して自分のあごのしたをなでた。
「ほう、海のなかで汁物! ここでそうきたかぁ」
海の中なのに、液体、汁物といった概念・存在はあるのだから、この世界は勇者たち冒険同好会が冒険するだけの、好奇心と知に満ちた旅を保証するだけの価値が、まだまだ沢山あるのである。
テテン! パーティーに賢者・人魚姫あるいは乙姫がくわわった!
END.