臨終記念の祝祭

臨終したからパーティーなんて、頭がおかしいな……。

「と、思っているのでしょう?」

シルクの雪肌に淡い金髪の巻き毛、地上では珍しいほどの美少女はしかし、下半身が魚と同じだ。精霊の加護を受けて水中呼吸を可能にしている勇者であるが、これまで苦難と死闘をかいくぐってきた剛の者であるが、勇者は気まずいのはニガテだった。

ああ、はい、そうですね……、言葉を濁しがてら視線まで足元に逃した。海に天地はなく、クラゲの盆提灯がそこいらじゅうに浮遊していた。

美少女のサカナは、ふふふ、と笑う。そこらじゅう、クラゲとともに歌って踊って馬鹿騒ぎをする、同じく眉目秀麗のサカナ同胞たちを見渡した。

ほほえみながら、女神のようにして語る。しかし勇者がここに来たのは、この美少女魚の妹が死んだために、海の結界が崩れたがゆえである。世界の守り人として、魔王を倒したあの日から、勇者は世界各地でひっぱりだこだった。

妹が死んだはずなのに、美少女の容姿をもっているのに、この人魚は最長老である、との話だ。だから勇者を導いている。

ヒトならば皺まみれの骨と皮、あるいはガイコツであるだろうが、人魚は少女。

「人魚は、死にません。死ぬとしたら事故にあうか喰われるか殺されるか、この3つです。人の勇者さん、どう思われますか?」

「えっ!? あ、あ、な、長生きができて、ヒトは羨ましがるのでは。なんだか申し訳ありません」

「我が海の花、結界のリフィスイアが殺されたあとに喰われたとは知っていますが、それは勇者さんが犯人ではありません。連中には、我ら人魚が罰をくだしますよ」

「あ……、報復ですか? あ、あー、ちょっとまずいです、それボクが知らなかったことにしてもらえますか」

「守り人とはめんどうですね。ええ、わたくしも宴に酔ってホラを歌っただけです」

「あ、はい、じゃそういうことで」

「勇者さんは、変な人間ですね」

人魚の長老は可憐に怪しく破顔する。美少女すぎてどんな笑い方も絵になった。牙の生えたくちを大開きに、けたけたと笑っていた。

「勇者さん、確かに我らを屠ることは罪ですが、我らにとっての死の闇は救済ですよ。やっと死ねるんです。我が妹、結界のリフィスイアは2000年もその任にかかりきりでしたが、やっと解放されました。やっと、死ねたのです。人魚には死ぬなんてことは万雷の祝福をもって送り出すべきもの、祝祭そのもの。リフィスイアは祝われて当然です」

「地上とは……、価値観が逆転したような、かんじですかね」

「勇者さん、変わった人のヒトですね」

「そ、そおですか?」

死人、いや、死魚の死を大騒ぎして祝いまくる祝祭日のただなかにいて、勇者は居心地の悪さから唾を飲んだ。五臓六腑は、精霊の加護により浸水されていない。これもまた、絶妙に居心地が悪くて、勇者は妙な胸騒ぎがずっと止まない。

クラゲ明かりの下を案内されながら、最長老がまた勇者に笑いかけた。

「わたくしの次の妹を紹介します。これから何千年、ともすると何万年、海の結界を務めることになる人魚です」

「……何万年もですか?」

「そうです。死を祝う、我らの文化をすこしは理解しましたか? 勇者さん」

長老にして類まれなる美少女は、魚の下半身をもってしても光り輝くほどに若々しく華やかでうつくしい。

美少女の眼だけが笑っていないのに気づき、勇者は怖気が走った。

やはり、海の人魚、うわさどおりの、獰猛な危険な種族である。


END.

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海老ナビ
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