人魚の歯なし
つるり、つやつや。歯のなくなった前列を撫でて、満足げに彼は言う。
「エッチになったぁ。魚さん、これでやっとお伽噺みたいになれたよ。今日からキミは人魚姫と呼ぼうか」
抜歯とやらは痛かった。
さぞ、凶悪な眼光を蓄えていることか。男は楽しそうに見つめてきて喋れなくなった私に『なにか』を、男が独りで勝手に追い求めているものをまだ、要求してくる。
あけっぴろげに。隠すこともなく。
「人魚姫と呼んだらちがう生き物になってしまうからね。線引きは的確にいこう。キミは人魚、私だけの」
歯のない歯ぐきを撫でられながら、嫌悪に皮膚のなかを煮沸させながら、愚かさを嘆いた。
こんな、愚かな男に、捕まってしまうなんて。
人魚姫ともあろうものが!
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