指南じじい殺し
「わしを殺してくれたら金やるぞ」
口癖が奇妙なおじいさんがひとり。たまたま、人生にあきあきして、むしゃくしゃしている浪人生がコレを聞いた。親からの仕送りで東京に出てきて、予備校もいいところに通っているのに、もう田舎を出てから6年が過ぎた。
「殺してもいいの? まじ? なら金を先にくれ」
「それはイヤ。殺せたらな」
「…………」
おじいさんにすると、ここまではよくある会話だ。よくある流れだ。
ここで、皆は怖じ気づいて悪態つくなりツバを吐くなり無言で去っていくなり。ところが浪人生はちがった。
あ、そう、と、投げやりに呟いた。ショルダーバッグから刃渡りのある刃物を取り出した。浪人生、持ち歩いているらしい。浪人生も当てどもなく深夜に徘徊していた。深夜は彼やおじいちゃんのような、暗闇でしか安らげない、ゴミムシみたいなものが這い出してくる時間でもあるのだった。
殺人にことばはいらない。ナイフを突き上げてから振りおろし、浪人生のさみしい切っ先がおじいさんの首筋に刺さった。柄まで刺さって、勢いがある。浪人生の人生の憎しみが突き刺さったのだ。しかし、おじいさんは、血を吹き出しながら足並みを乱さず、そこに立ちつづけた。
「おお、おお、刺した、刺しおった。骨はあるじゃないか、若モンよぉ」
「………!?」
浪人生は、目を瞠って、殺意をさらに、みなぎらせる。おじいさんの胸や腹に刃物が何回も振り下ろされた。おじいさんが受けた衝撃の分だけ嵐中に立ったカカシみたいに揺れた。
そして、それだけ。
「な、なんなんだよ、なんで」
浪人生はおじいさんの足元に溜まった血を見下ろして、歯の根のあわない声で震える。耐えきれなくなった。やっと、その他大勢とおなじく、身をひるがえして逃げ出していった。おじいさんの見た、これまでの誰よりも早い逃げ足だった。仕方がない。浪人生は明確な殺意があったし、ゆえに、確固たる恐怖で臓物まで震わされたのだ。
穴だらけになったおじいさん。けらけら、深夜の街路樹に笑い声をひびかせる。その光景は現代妖怪もかくや、あたらしい怪談が生えてきそうな姿と笑い声である。おじいさんは、腹を抱えて血をさわる。両手がまっか。血に喜んだ。
「死なん、死なん、どんだけ死なんのだ。人魚の肉ゥ喰う年齢ィ間違えたわァー、罠やろがい、人魚肉何ぞ探しとったら誰ぞでもジジイになるやろが!!!!」
おじいさんが怒り狂って手足をばたばたさせる。現代妖怪。現代妖怪である。
死なんジジイ、とひとまず名付けよう。
END.