知らないのに遺言をもらう話
祖母は、理解できぬ遺言を唯一、なぜかそう話したこともない孫娘である私に託した。わけがわからん。
無視して放置していたが、一ヶ月もすると、堪忍袋の緒を切らしたのは親だった。
「あんたあたしの母さんを人間とも思ってないの!?」
母さんは言うけど。
私からすると他人なんだから、一ヶ月、半年、一年したってべつに何も問題ないし、いいじゃないと思う。だけど、それなのにこうやって出向いてやったのだから、母さんは私に感謝して優しくするのが当たり前だろう。
でも、今、電話したら「あんたまだやってないの?」「何考えてんの」「のろま。これだからあんたは」「早くやってよ」。
捨てて、いいか?
母さんに叱られながら、私は、私の善意を踏みにじられていることに腹を立てる。普通はそうだと思うんだけど。これは異常者の反応で親不孝ものの考えか? わからん……。
でも、お金は渡された。仕方がないからやるしかない。祖母の遺言。
孤島に船をつけてもらう、準備なんかは母さんたち親が勝手にやったから、私はレールのうえの人生みたいに乗るだけだ。
モーダーボートに揺られて30分後、祖母に強要されている孤島へとやってきた、私。これだけでも私はとてもえらいけど、そう思えているのは私だけらしい。なんたることか。
さらに、ボートを待たせて、私は登山靴に履き替えて、無人島を登りだした。バカらしい。なんでこんな険しいものを相手にしなくてはならないのか。バカらしい。そんな必要性、私には、なにも無かったのに。
それでも、それでも付き合ってあげている。感謝されるどころか叱られながら。なんでこうなった。
無人島の先が見える。頂きがちかくなると植生が変わって風景は閑散とさる。草木まで枯れたみたいに殺風景になった。
そのせいもあって、私には全く遠い人間である祖母のご要望、例の品はよく見えた。不自然な人工ぶつ、いぶつ。鏡が高い標高になぜだか突き立っている。
私は、怖くなるとともに、頭蓋骨の中身がうしろにあとじさるのを覚える。
いや怖いわ。ホラーか? 祖母。
でも仕方がない。
私しかいないらしいから。訳がわからないけれど。そう言う話しかされないから。
私は、背負ったリュックからハンマーを出した。それを鏡の前でふりかぶる。
「!」
と、カガミに写ったすがたは、人間ではない、なにかよくわからない……。魚? 魚を二足歩行させているような、冗談みたいなモンスターの姿形が。
私はもう手を振り下ろしている。1秒だって早く終わらせたかったから。躊躇などなかったから。
カガミは割れた。手遅れだった。破片を覗いても、そこに映るのはいつもの『にんげん』の私だ。
……生唾を飲んだ。幻覚にしてはダイレクトで、あまりにタイミングも、都合もよすぎる。しかも私にとっては都合よろしくなく最悪だった。
なんだ、これ?
私、がんばった挙げ句に、なにを知らされようとしてる?
もしかして、もしかして……。
鑑の破片を見下ろし、ハンマーを手からの落としている。私はしっぽをまいて逃げ出して転びながら下山した。なにも見なかった。なにも知らない。なにもなかった。なにも問題なく鑑は遺言どおりに叩き壊してきた!!
「お嬢ちゃん? どうした。何があったんた。さっきまでとは別人なっとるで」
「べつに、いつも通りですね」
モーターボートの男に、できるだけ平静な声音で答える。
ほれが精一杯だ。相手はなにか勘付いたらしく、しかし、追求はせず、無理に私からそれ以上は聞き出そうとしなかった。ありがたい。その無関心が、ありがたかった。
でも、やっぱり祖母の関係者らしい。わかれぎわ、これからタクシーで駅に向かうつもりでいる私に、船長が余計な一言を告げてきた。
なぁ姉ちゃん。知っとるか。
「あの島、ニンギョ島ゆうんよ。ここん、地元じゃ知られとる」
「…………ボート、ありがとうございました」
「金ならもらっとるわ」
「そうですか。それじゃ……」
私は、とっとと逃げる。こんな、こんな、気が狂った世界から。私には無関係の世界から。私がそこの住民だなんて絶対にみとめない、そう、激怒して、顔中をまっかっかにしながら。
二度と来るか、こんな島。
おばあちゃんのばか。
END.