ニンギョとカッパ、出逢う。
川にはもうカッパが棲んでいるが、海の埋め立てなどにより棲家が厭になった人魚がこのところ避難してくるようになった。川にはもうカッパが棲んでいるが。
「河童さん、頭がツルツルしてるのね、触っていい?」
「河童さん、味見していいところ、あるかしら? 海で見たどんな友達にも負けず奇妙だわ、あなた!」
移住人魚は怖いもの知らずで質問する。人魚は妖怪の一種でもあるが、どちらかといえば西洋での怪奇生物といった側面のが強い。カッパは日本しか知らず、タジタジして彼女たちの猛攻を受けた。受け流せずに被爆した。
「まぁ、シリコダマ! それを食べるの。人間の尻から抜いて食うの? まぁ、野蛮で素敵ね。やってみせて」
「あらやだ、アタシはお尻ないわよ」
「やって! 抜いて!」
人魚は魚の下半身をひらめかす。カッパは上半身こそ極上の美女である彼女たちを前に、ごちそうをお預けされている気分になった。人間によく似ているだけの怪物たちはカッパにすると憧憬の対象だった。
全身、黄緑で、裸で、頭にはぎざぎざした葉っぱのようなふちどりと、頭をつるりと覆うお皿。真っ白なお皿。カッパはやつれたカラスの形相をしているから、人間とそっくりなところなんて二足歩行できることぐらい。
人魚に囲まれるカッパは、だんだんと人間に囲まれている気になっていった。
「ニンゲンとこんなに仲良くできるなんて夢みたい? あら、それは夢だわよ」
「人魚だもの。わたしたち」
「カッパさん、ねぇ、人魚のシリコダマは抜けないの? 殺せるのかしら? アタシたちを」
「ねぇ、カッパさん……」
尻子玉を抜きたい。
人間に対して起こるはずの衝動がカッパを焦がし、その手を人魚の尻へと向かわせた。しかし、ツルツルしてる。人魚の尻はウロコに覆われるばかり、穴がない。カッパが驚いているうちに、人魚たちが笑い出した。
「人間に間違えちゃったの、カッパさん」
「カッパさん、カッパさん、かわいそうにかわいそうに。人魚のシリコダマは抜けないのね。かわいそうなカッパさん、ならそろそろいいかしら?」
「そうね。ここに住むには、カッパさんは邪魔ね。だって人魚じゃないものね」
「カッパさん、お引越し、してくださる?」
猛獣の瞳を揃わせてらんらんとさせて、人魚たちがカッパへと差し迫る。尻子玉を抜けず、しかし人間と上半身はソックリなこの美女たちの群れに、カッパは、尻尾を巻いて逃げ出した。毎日、人魚と住もうものなら、カッパは気が狂ってしまうなと思った。
尻子玉を抜けない、人間によく似た人魚たちなんて、しゃべるニセモノ程度の価値だ。カッパにすると。だから逃げる。棲家を追われたかたちになるのはご愛嬌。
カッパが逃げたあとの川べりで、人魚たちがキャアキャアと乙女色のきいろい声音ではしゃいだ。
川の乗っ取りはこうして成功した。カッパ行方は杳としてしれない。
END.
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